ドイツ生活
7月10日、横浜に原鉄道模型博物館が開館しました。 この貴重にして膨大な鉄道模型を寄贈した原信太郎氏については、今回の博物館開館に伴う報道でもお姿をお見かけしたり、ユニークな経歴を綴った記事も拝見しましたが、それだけでは原氏の凄さはわからない…
ドイツ旅行から帰ってきた人と話していて、もやもやする気持ちになることがあります。「ドイツは食べ物が美味しかったわ〜。何食べても美味しくて。あれもこれもと食べていたら旅行中に3キロも太っちゃったわ。」 日本に帰国して再び「和を尊ぶ」精神を取り…
もう昨年のことになりますが、 山口県の中国縦貫自動車道でフェラーリなど高級スポーツカー10余台が追突事故を起こし(正確には、フェラーリ8台、ランボルギーニ1台、ベンツ3台、国産車2台)、そのうち3台のフェラーリが大破 という事故がありました。幸い死…
ドイツからイギリスに旅行した時のお話 その1 から続く 第3日目 この日はまた一家4人で、一等車といえども決して綺麗(清潔という意味でも)とはいえない電車に延々と乗って、今度はイギリスの西海岸を南に下りて湖水地方に向かいました。複数の鉄道会社に乗…
ドイツに赴任した2004年の夏、7月の末にドイツからイギリスへ家族で旅行しました。 5月の末に家族でドイツに上陸して、仮住まい生活、慣れない外国で全くわからないドイツ語生活、等々で、「夏休みに家族で旅行」などという余裕の発想は全くなかった我が家で…
ドイツに駐在していたごく初期に、部屋のペンキの塗り替えに職人さんが来たことがありました。本来ならば入居する前に塗り替えをしてもらうはずだったのですが、塗料が欠品とか何ちゃらで、娘の部屋になる予定の小さな部屋のみ入居後に塗って貰うことになり…
以前、Schönes Mai(美しき5月)とドイツ人の顔についての考察というエントリーを書いたのですが、ドイツの冬に感じた毛皮のコートにまつわる諸々。 11月頃からもう気温は日本(首都圏)の真冬以下(日中の最高気温が10度以下)になってずんずん下降し12月〜…
去年のクリスマスイブのイブ、即ち23日から東南アジアはタイに出張に行っていた夫が、降誕祭の朝、即ち25日に帰国して言ったことには、「南国タイでもデパートや商店ではクリスマスツリーやなんかで飾ってじゃんじゃんクリスマスやっているのは日本と同じな…
クリスマスを目前にして、神無き国日本でもクリスマスムードが高まっているのですけど、その中の一つに 「クリスマスシーズンの『くるみ割り人形』のバレエ」 があります。今高三の娘が小学生の頃、情操教育の一環として、という名目で3組の仲良し母娘で通算…
ドイツ(人)はエコじゃない! というのが、ドイツに住んだ経験から私が実感したことでありますが、例えば来るべき降誕祭(クリスマス)用のクリスマスツリー。目下クリスマスに狂奔中の日本で飾られているクリスマスツリーはほぼ100%プラスチック製の人造の…
連日の猛暑でいよいよ地球も終わりも近い、という感もあるここ一週間の日本ですが、ドイツで3年暮らして実感したのは 日本はエアコンという逃げ場があるだけマシ、ということです。 一般にヨーロッパは日本よりは夏も涼しいと思われていますが、ここ10年くら…
2010ワールドカップ南アフリカ大会は終わりましたが、嘗て3年間(2004-2007)住んでいたドイツチームの戦いぶりを見ていて、色々思うところがありました。得点こそしなかったものの、何度もゴール前にボールを入れていた、ドイツチームの シュヴァインシュタイ…
昨日と言おうか今日の真夜中にあったサッカーワールドカップ南アフリカ大会ベスト4をかけた戦いで、試合前の予想を裏切ってドイツが4-0でアルゼンチンに圧勝した。 ちょっとした隙をついて完膚なきまでに無邪気に敵を叩きのめす、 というのがドイツ人らしい…
前回のワールドカップ2006年ドイツ大会は、何と現地ドイツに住んでいた。 人も羨むこの状況は、しかし我が家にとっては、 猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏、状態 で、何故って我が家は私も夫も息子も、サッカーよりも野球、それも大リーグでも爽やかな高校…
久しぶりにドイツ滞在記の続きなど。スーパーのレジのおねえちゃんとの衝撃的一件(夫のドイツ赴任顛末記 ⑤)と、地下鉄駅における「文盲自覚事件」(ドイツで「文盲」を体験する)の後、先ず手始めに、ドイツ語の基礎の基礎を独学することにした。当時の私…
ドイツではこの季節、白アスパラガスことSpargel(シュパーゲル) のシーズンである。ドイツ人にとってのSpargelとは、日本の新堀の筍か秋の松茸、という感じなのだが、意外なのは、常に高カロリー食品を好むドイツ人なのに、Spagelは殆どゼロカロリー、という…
もし来世で犬に生まれ変わったとしたら、江戸時代徳川五代将軍綱吉の元禄時代でも勿論文句はないけれども、ドイツで犬として暮らしたいものだ。ドイツは「お犬様天国」である。犬の権利というか「犬権」が最大限に認められている。 ビアホールやカフェは勿論…
ドイツ語には「Schönes Mai」(美しき5月)という言葉があって、私はずっとそれはメンデルスゾーンの歌曲の中にあったのだと思い込んでいたのだけど、メンデルスゾーンの歌曲をいくら探しても(Google様の協力のもと)無いと思っていたら、記憶違いで、シュー…
ドイツ上陸から10日〜2週間くらい経った頃だっただろうか。 スーパーマーケットでの「レジの女の子に馬鹿にされた事件」*1の後だったと思う。 私はデュッセルドルフ市内を走る地下鉄の某駅のホームに立っていた。 目の前には大きな看板広告があった。 字がび…
(顛末記④から続く) ドイツ上陸僅か3日目の夕方、右も左も分からぬ状態で異国に置き去りにされた私と子供2人。 心臓にタテガミが生えている私でも、この夜はかなりビビった。しかも偶然にもその夜は上の階の住人がパーティーをしているみたいで、ドイツにし…
ドイツ赴任が決まっても、「ドイツ生活」に向けて準備らしい準備といえば、ドイツ語の辞書(紙)を買ったことくらいで、何もしなかった傲岸不遜&無知な私であったが(それの報いは渡独後十分に受けたけど)、出国間際になってアマゾンで注文した本がある。何…
どこに海外駐在することになったオクサマもそうであろうが、船便2回出して、子供達の学校の手続きや習い事の精算をして、その間にありがたい送別会もこなして、家を貸したり退去する手続きをして、航空便を出して、これが大変な引越し作業をして家を空にして…
そんなこんなで2月の終わりに夫に内示が出て、5月の末には家族でドイツに降り立った私たち。 日本から駐在する家族としては異例の中途半端な時期ではあった。普通なら、父親本人が4月1日付け、もしくは5月1日付けで赴任した後、家族は日本でせめて一学期を終…
①の最後で「ドイツとドイツ人」を舐めていた、と書いたけれども、子供達の帰国後の学校・受験についても全く舐めていた、というか何も考えていなかったのが本当のところである。「ドイツとドイツ人」を舐めていたせいで、その結果私自身が尋常でなく苦労しま…
それは何年前?2004年お正月が明けると、「今年は転勤の年だ!」と夫が騒ぎ始めた。 私はというと、夫とは対照的にクールに構えていた。 何故ならば、お尻叩いて中高一貫の私立に入れたもうすぐ中三の息子、 やはり中学受験を控えたもうすぐ小六の娘がいて、…