ドイツの犬 雑感

もし来世で犬に生まれ変わったとしたら、江戸時代徳川五代将軍綱吉の元禄時代でも勿論文句はないけれども、ドイツで犬として暮らしたいものだ。

ドイツは「お犬様天国」である。犬の権利というか「犬権」が最大限に認められている。
ビアホールやカフェは勿論、かなりフォーマルなレストランでも、犬の入場が認められている。オープンエアのカフェでは、飼い主が食事やお茶をしている間中、じっと足下で「伏せ」の姿勢で待っているし、一度薄暗いビアホールで、トイレに行こうと思って通路を歩き出したら、テーブルの影かと思ったら何と大きな黒い犬だった、ということもあった。その飼い主を含むおじいちゃんs&おばあちゃんsの団体は、かなり長い間延々とビールを飲んでいたのだが、その間ワンちゃんはじっと「テーブルの影」になりきって身動き一つしなかった。ライン川をガラス越しに望むちょっと気取ったフレンチのレストランでも、私たちのテーブルの横にいた中年夫婦が連れていたのは、人間の5,6歳児よりも大きなお犬様。飼い主たちが、フルコースの食事をする間、ずっと床に伏せて目を閉じて待っていた。メインディッシュの肉料理が運ばれてきても、ぴくとも動かないのは立派としか言いようがない。

私は我が家の二人の子供たちに、「ドイツの犬は、あなたたちよりもよっぽど賢いわよね!」と常日頃言っていたのだが、これは嫌味ではなく真実そうなのだから仕方がない。何せ息子や娘が小さい頃、私と夫はファミレスでさえ食事をするのが大変だったのだから。まだ息子の場合はマシだったが、ひどかったのが娘が小さい時で、とにかくじっとしていない子だったので、ファミレスで子供用椅子に着席させるとすぐに手の届く範囲のもの、卓上にある塩やこしょう、タバスコやナプキンを手の届かないところに移動して、運ばれてきた水は即座に持参のプラスチックの「マイカップ」に入れ替え(その瞬間、すぐに手で氷をすくい始める娘)、メニュー選択は、親は「片手で食べられ、早く食べ終わるもの」しかありえない。料理が来たら、片手で食べつつ(ドリア、とか、カレーとか)、椅子から立ち上がろうとする娘を片手で押さえ、テーブルの下では足で子供用の椅子を押さえている状態。そして食べ終わったら即、立ち上がってお会計をし娘を抱えてすぐに店を出る(娘にが騒ぐ時間を与えないため)。まだ娘が一歳になる前に大磯の某リゾートホテルに行った時には、まだ歩けない癖にどこでも高速でハイハイしてしまうので(反っくり返って泣きわめきバギーから脱出するテクを娘は持っていた)、苦肉の策で、何と「歩行器」を車に積んで持っていったものだ。ホテルのロビーを歩行器でスクロールしてましたからね、多分前代未聞だったと思われる。今思えば、ドイツのお犬くんたちの爪の垢でも飲ませばよかったかも。

話がドイツの賢い犬から、日本の賢くない子供に逸れてしまったけれども、もう一度、爽やかなまでに賢いドイツの犬くんたちに戻ることにする。


その他、ドイツでは日本では考えられない場所でお犬様たちに出会う。
デパートやブティックは勿論、英会話教室にも連れてきている人がいるほど。渡独直後に仰天したのは、スペイン発ファストファッションZARA」のブティックの試着室。混んでいる時には手前のカウンターで並んで待つのだけれど、試着が終わって何着もドレスやを抱えて出てきた20代くらいの女の子が、スマートな犬を連れているのです!ドイツでは犬も試着室に入ってもいい!?仰天してポカン状態なのは極東の国から来た私だけのようで、他に並んでいる人は平然。またドイツでは、デパートでもブティックでも試着室の手前にソファなどが置いてあり、そこで妻の/ガールフレンドの/愛人の、お買い物に付き合ってきているドイツ人男性が、彼女の試着が終わるのを嫌な顔一つせずに(ここがドイツ人のエラいところ!)辛抱強くまっているのだが、その足下にはこれまた犬クンが飼い主にも負けずに大人しく待っているのだ。
こういうこともあった。デパートの台所用品売り場で物を探していて陳列棚の角を曲がって、思わずぎょっとした。そこにはすくっと座った巨大な犬と乳母車。乳母車の中には赤ちゃんがすやすや。あれ、母親の姿が?と思う間もなく、5歳くらいの男の子の手を引いた女性がやってきて、何事もなかったかのように、男の子と一緒に乳母車を押し、犬も当然のように何も言われなくてもその後ろに従って去っていったのだった・・・。きっと母親が男の子をトイレに連れ行くかしている間に犬くんが赤ちゃんを守っていたのだろう。ディズニーの「わんわん物語」などのお話の中で、「犬が子守りをする」というのを、それは物語の中で犬が喋ったりするのと同じく「実際にはありえない」フィクションだと私は当然の如く思っていたのだけれど、それは間違いだった。ドイツの犬は子守りをする!
スーパーや肉屋の入り口に、犬のマークがあってそこに「Wir warten hier.(We wait here.)」と立て札があり、そこでは犬くんたちがそれぞれ飼い主が買い物を終えて戻ってくるのを、文字通り「首を長くして」待っているのである。日本人であろうがドイツ人であろうが、この犬くんたちほど賢い子供はいないだろう。そうそう、ドイツでは夏場店の前に、喉が乾いた犬用に水を入れた入れ物が置いてあることも多い。これを聞いたら日本の犬くんたちは、すぐにでもパスポートを引っ掴んで、ドイツに亡命したいと思うのではないか?

地下鉄や電車も、バスケットなどに入れずにそのまま連れて乗ってくる人あり。本当はいけないのかもしれないが。一度或る時私は電車のドア近くぼ〜っと立っていたら、まだティーンエイジャーくらいの女の子が、何と3匹、それも大きいの小さいの色々な犬種を取り混ぜて3匹分の3本リールを持って友達と電車に乗りこんできたのだが、これまた3匹が3匹ともお利口なお犬さま達なのだ!乗り込んできた途端に3匹とも命令されるまでもなく「伏せ」の体勢、飼い主が友達とお喋りに熱中している間も、「ワン」と一声吠えることもなく粛々と電車に揺られていたのには、またまたびっくりしたのであった。
そうなのだ、先ずドイツの犬は吠えない!「犬って吠えるものでしょ?」というのはドイツでは通用しない。逆に犬が吠えていると珍しくて皆が振り返るほどだ。ミュンヘンの目抜き通りのラントシャフト通りで突然どこかで犬が吠えだした。通行人は一斉にその犬(と不届きな飼い主)を見るべく眉をひそめて振り返ったのだった。

日本では「犬の散歩」というのは、犬に引きずられている人も多々見かけたりするのだが、お利口なドイツの犬は違う。大体、犬の方が散歩させてくれてる飼い主に気を遣っている感じ。日本では当たり前の「リード付きの散歩」だが、ドイツでは一応建前は同じく「リード付き」の散歩がマストなのだけれども、実際にはリードなしで散歩させている人も多い。犬の気遣い、というのを私は初めてドイツで見た。或る時、住宅街の我が家近くの四つ角で、道を渡るでもなくすくっと座っている犬くんが一人、いや、1匹。「何故、こんなところに犬だけで座っている?」と思ったら、犬の後方から杖をつきつきゆっくり歩む老人あり。そのご老人がその四つ角にやっとたどり着いたと思ったら、その犬くんは一緒にその道を渡り、またすたすたと歩んで行って次の四つ角で止まって飼い主を待っている風情なのである。同じように、ゆっくり歩く老婦人に寄り添うようによたよた歩く老ブルドッグ、という泣かせる絵柄も見た。人間にここまで気遣いできるようなお犬さまが、どれくらい日本にいるだろうか?

それから極めつけでびっくりしたのは、「自分で運動する犬」。毎日子供を学校に車で送っていく道沿いに、毛がふさふさの巨大なゴールデンリトリバーがいる家があった。或る時、たまたま渋滞でその家の前に私の車が停まったっきり、という状態の時、いつも金網のフェンスの中にいる、推定体重は私以上のその犬くんが舗道を跳ねるように走っている!ところがあるところまで家から離れるとまた跳ねるように戻ってくる、そして家の門のところにいる飼い主のところまで来ると、またUターンして跳ねつつ家から遠ざかっていく、ということの繰り返し。その間、飼い主はゲートのところで携帯で話しているだけ!犬くんは見事にある一定の距離以上には家から離れないのである。その光景を偶然に目撃していたく感動していた数日後、我が家と同じ通りにある家の犬くんも、その「自分で運動する犬」ということがわかった。やはり飼い主である男性は、門のところに立っているだけ。毛並みがつやつや光っているその黒い犬くんは、その通りを我が家の門の前も通り過ぎて曲がり角のところまで走り抜けたと思うと、また家の方向に走って戻っていくのである。勿論リールなし。

日本ではバスケットに入らないような大型犬はタクシーに乗れるのだろうか?多分無理なのではないか?ドイツでは犬もタクシーに乗れる!我が家で知人を招いてバーベキュー・パーティーをした時に、或るご夫婦が飼っている老犬を連れてきた。来る時には、先ずご主人が運転して奥様と老犬を我が家に運び、一旦家に車を置きに帰ってからご自分はタクシーでいらした。さて、バーベキューも終わりお開きの時間になった時、そのご夫婦はいらした時と同じように帰宅するつもりでいたら、ドイツ生活が長い人がこう言うのである、「犬がOKなタクシーありますよ。電話で頼む時に『犬も一緒』と言えば、大丈夫!」というので、夫が何とかドイツ語で1台犬OKのタクシーと、3台のフツウの(?)タクシーを頼んだのだった。直に1台のタクシーが来た。ドイツでは珍しくないのだが、女性のドライバーだった。彼女は「Mit dem Hund?(犬と一緒?)」と聞いて、トランクから毛布を取り出し、無造作に座席に敷いて、平然と犬と飼い主のご夫婦を乗せて去っていった。ところが、その後順々にやってきたタクシーが皆、「Mit dem Hund?」と聞くのである。「もう犬は他のタクシーで帰った」と言うと、ドライバーは全員悲しそうな残念そうな顔をして、人間のお客を乗せて走り去ったのだった。そんなに犬が乗せたいの?

犬の種類も豊富すぎるほど豊富だ。日本のように「流行の犬種ばかり」ということはない。私も最初のうちは、日本では見たことがない珍しい犬を見るとネットで犬種を調べたりしていたのだが、余りにも多種多様なので直に諦めた。そのうち、興味を持って観察していたのが、「犬と飼い主の組み合わせ」である。前述の、「よたよた老婦人とよたよたブルドッグ」というのも渋い組み合わせだけれども、見ていると必ずしも飼い主の外観と連れている犬種は一致しない、というか、そんなものは外観では決まらないのだと思わされた。印象に残っているのは、それこそデュッセルドルフ出身のスーパーモデル、クラウディア・シーファーばりの綺麗な若い女の子が連れているのが、これ以上イカつい顔はない、というボクサーだったり、スキンヘッドで黒い髭、お腹周りは日本のメタボ基準(男性85cm?)の2倍は軽くある男性が連れているのが、くーちゃんのような小さなチワワ、だったり。

住宅事情最悪、生活環境ストレスだらけ、公園はしょぼく犬は閉め出し、いつもリードに繋がれて排気ガスの道を散歩、という日本の全ての犬くんにも、
いつの日かドイツ並みのパラダイスが訪れますように、
と祈らずにはいられない、本当は猫派♡♡の私である。