ドイツのサッカー選手から「豚」つながりで思い出したこと

2010ワールドカップ南アフリカ大会は終わりましたが、嘗て3年間(2004-2007)住んでいたドイツチームの戦いぶりを見ていて、色々思うところがありました。得点こそしなかったものの、何度もゴール前にボールを入れていた、ドイツチームの
シュヴァインシュタイガー選手

前回のドイツ大会の時にも出ていた選手ですが、ご記憶にある方はどれくらいいるでしょうか?
別に「イケメン(←この言葉はキライなのですが)」だからとかではなく(大体ドイツ人庶民の顔だし)、とにかく私にとっては
もの凄くインパクトのある名前でしたので、サッカーに興味なくても4年経っても忘れてはいませんでした。
この人の名前;

Schwein(シュヴァイン)steiger(シュタイガー)って、

直訳すると、

Schwein(豚)
プラス 
Steig、Steige(共に意味は「山道」「坂道」)と同じく動詞のsteigen(上る、登る、英語のclimb や rise にあたる)から派生していると思われる steiger がくっついたこの名前。

シュヴァインシュタイガー = 「豚登りくん」?

当時(2006ワールドカップ時)、半信半疑wikipedia を引くと、本当に「豚」という意味で、あろうことか愛称が「シュヴァイニー」。英語風の語尾をつけて「子豚ちゃん」という意味。そして更にあろうことか、父親がその「シュヴァイニー」を商標登録してTシャツなどを作っているそうで(by Wikipedia) 。

私はどうにも理解できなかったのですが、ドイツ人と「豚」というのは強い強い結びつきがあるようです。先ず、
ドイツ人にとって「豚」は決してマイナスイメージではない、
どころか、「豚」は幸運を呼び込むシンボルとしてのイメージがあるらしく、女の子が飛びつきそうな小物や文房具売り場には必ず「豚」のキャラクター(そう可愛いとは思えないのですが)が沢山置かれているし、グリーティングカードでも何と「豚」のイラストや写真をあしらったものが多いこと、多いこと!



私が愛用していた紙辞書の「アクセス独和辞典」

新アクセス独和辞典

新アクセス独和辞典

には、「Schwein」という項目で、いい意味はのっていません。最後に「Schwein haben」[口語]ついている」という意味が唯一の例外。
電子辞書の「クラウン独和辞典」では、一番目の意味が「豚」、二番目の意味が「豚野郎、下劣なやつ、きたならしい人間」なのですが、何と三番目は「(望外の)幸運 」!なのです。
何故にしてそんな真逆の意味が?と思うでしょう、それに続いてこういう記述があります。
「中世の競技において、成績最下位の者に賞として豚一匹が与えられたところからこの意味が生まれたともいう」
らしいです。
語源はわかったけれども、賞品が「豚一匹」ってどうよ!?の世界です。

けれども、ドイツ人にとっては、特に中世のドイツ人にとっては、「豚一匹」というのは「望外の幸運」であったことは私にも想像できます。何故なら、中世ならずとも21世紀のドイツ人でも、豚肉食べまくっていましたからね。ドイツの肉屋さんで圧倒的に売り場を占めているのが「豚肉」。牛肉の影は薄いです。鶏肉は牛肉よりは食べられていますが「ヘルシー」「低カロリー」のイメージでお年寄りや若い女性が選ぶだけで、本当は
ドイツ人は「豚肉」が何より好き
なようです。ドイツに旅行して旅行者として一回だけ食べると美味しくても住人として食べたら一週間で飽きる、ドイツのソーセージもハムも全部元は「豚肉」ですからね。中世ドイツというのは想像もつきませんが、当時
ライン川の向こう側」というのは途轍も無い未開の地
だったようで、その様子は塩野七生氏の短編集「愛の年代記*1の中の「女法王ジョバンナ」に短いながらもよく現れていますが、中世のドイツ人にとって「豚一匹」はそれこそ一生に一度あるかないかの「幸運」だったのでしょう。
ところで豚を使ったドイツ料理の双璧、

(こちらがScheweinhaxe 豚のすね肉の丸焼き ナイフが突き刺さった状態でサーブされること多し)

(こちらがEisbein 豚のすね肉の塩ゆで)
ですけど、どちらもご覧の通り、普段私達に馴染み深い「ヒレ肉」や「ロース肉」ですらない、豚足です、しかも皮つき。皮が付いているとリアルですよ、味はお世辞も言えないくらい、「皮と肉そのもの」の味しかしませんから。加えて、付け合わせは大抵の場合、2パターン。1つは、じゃがいも一個が皮も剥かないまま、どん!と素材そのまま出てくる場合。もう1つは逆に、野菜が原型をとどめない程にくたくたに煮られて出てくる場合。豚足プラスこの付け合わせを完食する日本人はほぼいません。中世ドイツ人にとっては、「望外の幸運」だったでしょうけど。


ところで、ドイツでは「豚」がポジティブに捉えられている例というか、滞独中にとんでもないものを私は見たことがあります。ドイツでは、結構、刺青(Tatooと言った方がいいのか)を入れている若者を見ます。はっきり言っておきますが、それは「下層」の教養のない若者です。私が習っていたフランス語のフランス人の先生によると、ドイツでは嘗ての「家族」というものが下層から壊れてきており、その結果が、若者の性に対するモラルの欠如であり、何の考えもなしに(社会的に何を意味するかを知らないまま)Tatooを入れる、ということになっているそうで、その先生によると「フランスはまだそこまでいっていない」とのことですが。とにかく、私と娘が、日本にもあるファストファッションZARAで見かけたのは、首の付け根のところに「豚」という漢字を刺青した若い女性。彼女は襟ぐりのゆったりした黒いTシャツを着ていたのですが、ショートカットの項に、漢字で「豚」の刺青ですからね。最初、娘は「漢字の意味知らなくてあの字を入れちゃったんじゃない?」と言ったのですが、その後ドイツにおける「豚=Schwein」のポジションを知って、「あれはきっと幸運のおまじないだったのかも。」と言っておりました。

(この「家」という漢字のところに「豚」と刺青を入れていた)
東洋人の感覚から見たら、「豚」の刺青、はあり得ないでしょう。でもそれがドイツにおける「豚」のポジションなのです。



映画「史上最大の作戦

の一番冒頭の部分、既にドイツ軍に占領されているノルマンディー地方の海にほど近い道を、ドイツ人のでっぷり太った軍曹がコーヒーを入れた飯盒を馬にぶら下げて毎朝通って行くのを、占領下のフランス人の中年男性が家の窓から見て言う台詞が、
「 Cochon! 」(フランス語:豚野郎!)
なんですよね。このフランス語のcochonという単語を私が覚えたのは、まだ10歳になる前でした。別に私にリカちゃんのようにフランス人とのハーフの父親(加山ピエール)がいたから、ではなくて、南洋一郎訳の「怪盗ルパンシリーズ」の中に出てきたからです。今ならばもっと穏当な言葉に換えられていたでしょうが、当時はそのまま出ていました、何と言っても時代は20世紀初頭の設定ですからね。私は「ドイツ人は太っている人が多いから『豚野郎』というのだろう」と思っていたのですが、今思うと、
ドイツ人が豚を沢山食べるから「豚野郎」
だったのではないかと。そうすると、イギリス人がフランス人のことを
「Frog!」(蛙野郎!)
と言うのと整合性がとれるのではないかと。


「豚」を食べる、食べない、という観点で見ると。
ドイツは第二次世界大戦後の復興期、不足する労働力をトルコからの移民で補った、ということは知っていました。しかし、ドイツに住んでわかったのは、労働力は余っているが産業の無い国から産業は隆盛だが労働力が決定的に不足している国への移民というのは如何にも合理的に見えますが、実はこれは「文化の違い」を無視した、かなり無理のある政策だった、ということが住んでいるとわかります。何故なら、

「豚肉」大好きな国に、「豚肉」を食べることは最も汚らわしいタブーと思っている人々を招き入れた、

ということだから。イスラムの人たちの「豚」に対する嫌悪感はハンパじゃないそうですが、そんな彼らが「豚一頭の賞品」が望外の幸せ、というドイツに、経済的事情で働きにくる、というのは、皮肉を通り越して悲劇です。イスラムの人たちは「豚」を食べるドイツ人を文化的には軽蔑していると思うのです、が一方、経済的には圧倒的に優れたそのドイツ人たちの元で働かなければならない、そのために「豚肉あふれる世界」ドイツで暮らさなくてはならない、という状況なのです。
ユダヤにとってもまた然り、だったでしょう。祖国が無かった彼らにとって生活の糧を稼ぐ場であるヨーロッパ世界では、彼らが忌み禁じている「豚を食べる事」が普通に行われているのですから。今になってわかります、シェークスピアの「ベニスの商人」で、シャイロックとバサーニオ(恋人に求婚するのに必要なお金を工面するために親友アントーニオを窮地においやるお気楽者)の会話

バサーニオー: よかったら、一緒に食事しようじゃないか。
シャイロック: (傍白)ふん、豚のにおいを嗅ぎに出かけるのか。お前さんたちの預言者、例のナザレ人が悪魔を閉じこめたという、その豚の肉を食いにな……なるほどお前さんたちと売り買いもしよう、話もしよう、連れだって歩きもしよう、そのほかなんでも一緒にやろう、が、飲み食いはごめんだ、並んでお祈りが出来るものか……
福田恆存

ドイツに住んでいるユダヤ人は、この「豚肉大好き世界」でシャイロックと同じ精神的苦痛を味わっているるということになります。ドイツでインターナショナルスクールに通っていた娘に、イスラエル人の友達がいました。同じ時期にインターに入学し、同じくESLという英語見習いのクラスにいたので仲良くなったのです。ちなみに、彼女の母国語は『ヘブライ語だったのですが、この『ヘブライ語』というのは、ディアスポラ後文書の中だけの言葉になっていたものを2000年を経て人為的に復活させたイスラエル公用語の一つだそうです、びっくり!娘が言うには、その彼女は学校のカフェでも、例えばドイツ人が大好きというか馬鹿の一つ覚えでそれしか食べない、ホットドックというか、「ソーセージをパンに挟んだもの」


は食べられないし、ピザも上にサラミやベーコンがのっているから食べられないし、といった具合。サラミもベーコンも「豚肉」ですからね。それは子供にとって、シャイロックが味わったのと同じくらいの大きなストレスだと思います。彼女の場合は、インターナショナルスクールに来るくらいですから両親お金持ちで(家にはイスラエルから連れてきた、ヘブライ語しか話せない住み込みのお手伝いさんがいた)おまけに日本贔屓(新婚旅行では2ヶ月かけて日本を回ったそうで)。娘が言うには、スーパーで買ってきた(それも2日前とかの!)SUSHI、即ちカッパ巻きとかサーモン寿司、とかをランチボックスに入れて持ってきていたそうですが。「豚肉大好き世界」のドイツで、彼女がこれから生きてく上で感じる困難を考えると、何とも言えません。そういう意味では、日本人というのは実は異文化受容という点でかくも柔軟なのは良い事なのかもしれないとも思います。



「豚」繋がりで最後にもう一つ思い出すのは・・・。
『豚」は「Schwein=シュヴァイン」
だけれども、とても紛らわしいのがたった二文字違いの
「Schwan=シュヴァン」、意味は「白鳥」。
本当にどうして二文字しか違わないのか・・・。
滞独中の或る日、私は訳あってミュンヘン空港で娘がサマーキャンプから帰ってくるのを待っていました。さてミュンヘンは、日本から来る観光客が、フランクフルト→ハイデルベルク→ロマンティック街道→ローテンブルグ→フュッセン、と来て最後にミュンヘンから帰国する、というルートの即ち終点なのです。飛行機の時間の都合で、もの凄く待ち時間があった私が、空港内のカフェでビールなど飲みながら時間を潰していると、日本人観光客のおじさんに話しかけられました。怪しい人では全然なくて、ドイツが好きで念願のドイツ観光をして日本に帰るところである、貴女はドイツに住んでいて羨ましい、時にもう「ノイシュヴァインシュタイン城」には行きましたか?いや念願の「ノイシュヴァインシュタイン城」に昨日行ってきましたが素晴らしかったですよ、というお話だったのですが、何かお気づきになりましたでしょうか?かのヘルムート・バーガーが演じた「ルートヴィッヒ2世」

バイエルンフュッセンの南に作った有名なお城の名前は、
「Neuschwanstein=Neu(新しい)schwan(白鳥)stein(石)」つまり「ノイシュヴァンシュタイン」

であって、絶対に
「新しい豚の城=ノイシュヴァインシュタイン」
ではないわけで。
短い会話の中で幾度も「新豚城」が出てくるので、可笑しいやら、何と言って訂正してあげればいいのやらわからないまま、つまり致命的間違いを指摘することかなわぬまま、お天気もよくていいご旅行でしたね、とか当たり障りのないことを言ってそのままお別れしたことが良かったのか悪かったのかわかりませんが、今この場を借りてお詫び致します。


バイエルン・ミュンヘンの若きMF、というよりは、サッカーわからない私にはその強烈な名前で印象を残した、
シュヴァインシュタイガー選手
豚(Schwein)繋がりで、思い出したことを書き散らしてみましたが、最後にシュヴァイニー君のガールフレンドの画像を。お名前は、Sarah Brandner さんで、「豚」とは完璧に関係ありません。

*1: