*ドイツの教育システム ① シュロッターベッツはもうないけれど。

ドイツ赴任が決まっても、「ドイツ生活」に向けて準備らしい準備といえば、

ドイツ語の辞書(紙)を買ったこと

くらいで、何もしなかった傲岸不遜&無知な私であったが(それの報いは渡独後十分に受けたけど)、出国間際になってアマゾンで注文した本がある。何と最後の最後に家の鍵をかけて不動産屋に預けるべく家を後にするまさにその時に配達された(故にトランクに入れていきました)のだが、それは名著

トーマの心臓」by 萩尾望都*1

だった。何故?中学時代これは私の愛読漫画だったわけで、ご存知この物語の舞台は「ドイツのギムナジウム」!それを思い出して、何かの足しになろうかと(?)いうのと、ドイツ赴任になったご縁で(?)再読したかったから。しかし、はっきり言って

何の役にも立たなかった!

そうでもないか、主人公の一人のエーリク少年の実家がある「Koeln ケルン」、その実家に脱走したエーリクをユーリが迎えに行って電車でギムナジウムに帰ってくる途中、通過した「Koblenz コブレンツ」、とマニアならば諳んじている地名はドイツで住んだ場所からは遠くなくて、大いに感慨を覚えた。
しかし、「トーマの心臓」の舞台であるような
「私立の全寮制男子校のギムナジウム
というのは、21世紀のドイツでは消滅していたのだった。


ドイツのギムナジウムに関してはこういう話もあった。知人(50代女性)は中学生時代、お父様がドイツのデュッセルドルフへと転勤となった。当時のことで、お父様は家族に先立つこと数ヶ月前に赴任し、住居を探し娘である彼女の学校も探し、「ウルズラ女学院」という(語呂的にはインパクトの強い名前だが、聖女の名前である)私立の女子校のギムナジウムというところに決まり、手紙で知らせてきた。「私は『ウルズラ女学院』に行くのだわ。」と遠いドイツの空の下での学園生活を夢見ていたところ、本社の上〜〜〜の方で突然の人事異動があり、ドミノ倒しの様にお父様のドイツ赴任は取り消し、東京に戻され、ドイツ転勤は幻と消えたとのこと。私がドイツに赴任すると聞いて、「もし『ウルズラ女学院』という学校があれば、どんなところか教えてほしい」というメールを頂いていた。ところが・・・。ウルズラ女学院も21世紀のデュッセルドルフにはもはや存在しなかったのである。


以下のドイツ教育事情は私のドイツ語の先生(30代ドイツ人女性)からの伝聞に拠るところが多いが、1970~80年代に、私立のギムナジウムは殆どなくなって、男女共学、になったらしい。先生自体は「全寮制男子校」のギムナジウムは思い当たらない、と言っていた。今でも一部に宗教系のギムナジウムは僅かに残っているかもしれないとのこと。その通り、ドイツ滞在中に制服を来た中高生というものは一度も見たことがない。

我が家の最寄り駅から一つ目の駅にはギムナジウムがあった。日本でいうと小学校5年生〜高校4年生(ギムナジウムは9年生まであるので計算上)までの生徒が通っていたのだけれど、男女共学、私服、である。
「リボンタイにブレザー」


なんてない。驚くべきことに、授業は午後1時半くらいには終わるらしく、日本の高校生と違ってもうその時間には帰宅するべく大勢が電車に乗り込んでくる。「リボンタイにブレザー」どころか、男の子も女の子も皆一様に、ジーンズ。夏ならTシャツ、冬ならば短めのダウンジャンパーにマフラーぐるぐる巻き、というお洒落のカケラもない極めてむさ苦しい華がない地味なスタイル(元々ドイツ人自体が全くお洒落じゃないのだけれど)。しかし、彼らは、一応紛れもないエリートコースを歩んでいる若者たちなのである。


ドイツでは、子供達は早期に「大学に進学するコース」と「職業コース」に分けられる。この「大学に進学するコース」がギムナジウム進学(約30%)である。ちなみに「職業コース」に入ったとして、ルートとしては「大学進学コース」に進路変更するルートもあるが、実際は殆ど無理だとか。逆にギムナジウムから脱落して「職業コース」に移るケースは多々あるらしいが。
ところで、この「大学に進学するコース」と「職業コース」に分けられるのは何歳だと思いますか?

弱冠10歳(小学校4年生)!

日本だと中学受験で「合不合判定テスト」で志望校を決める小学校6年生よりも、更に2年も早くに決まるのだ!
そしてびっくりすることには、そのコース分けは、何と

小学校の先生が決める

のである!!!つまり学校の先生が「この子はギムナジウムコースか否か」、即ち「大学に行くコースか否か」を決めるわけである。日本でそんなことをしたら一億総モンスターペアレントになってしまって抗議殺到!!!になるだろう。そもそも日本の小学校の先生にそれだけの権威はない。ちなみに、ドイツの親は、その先生の決定について不服だった場合、教育委員会に異議を申し立てることはできるらしいが、大抵親の抗議よりも先生の決定の方が尊重されるという。
よくありがちな「ドイツに住んですっかりドイツ礼賛」では私は全くないので(私は心底ラテンです)、この合理的すぎるドイツ流教育システムには大いに違和感を感じる。

「大器晩成」という言葉はドイツ語にはないのか!*2

と言いたくなる。「敗者復活」の必ずチャンスを与えるべきだし、進路変更については弾力性があるべきだと私は思うから。しかし一方で、この「10歳での進路決定」によって、ドイツには受験戦争とそれにまつわるモロモロのものは、一切ないのである。中学受験塾も高校受験塾も大学受験塾も予備校もない。しかも、

公教育は小学校から大学まで無料!*3

なのである。民主党の掲げる「公立高校無償化」なんてゴミにしか見えない、この太っ腹(ドイツ人の実際のお腹もそうであるが)。これはこれで魅力的ではないか?翻って我が蓬莱の国では、義務教育が始まる前から塾通い、その後も途切れることなく大学に入るまで教育産業にお金を払い続けていくのだけれど、果たしてどちらがいいのか?
悔しいことに、この無謀とも思えるドイツ式「10歳での進路決定」で、人材育成が失敗しドイツの国力が落ちた気配はない。700万台のリコール車を出している日本のどこかのメーカーと違って、頑丈そうな車を黙々と作り続けているし、製薬、化学製品、電気製品、鉄鋼、いずれもそこそこ盛んで、押しも押されぬヨーロッパの大国である。
逆に言えば、日本のシステム、つまりあたかも「どの子も頑張れば東大に行ける可能性がある」という幻想を抱かせたまま18歳まで引っ張る、というのは残酷なシステムかもしれない。

*1:

*2:直訳は電子辞書によると、Ein grosses Talet wird spaet reif.

*3:大学の授業料は無料の州もあるが、州によっては、近年になって大学生の親から一学期につき500ユーロ(レート1ユーロ=150円で75,000円)徴収するところもある