ドイツで観た、トンデモ演出のバレエ「くるみ割り人形」

クリスマスを目前にして、神無き国日本でもクリスマスムードが高まっているのですけど、その中の一つに
「クリスマスシーズンの『くるみ割り人形』のバレエ」
があります。今高三の娘が小学生の頃、情操教育の一環として、という名目で3組の仲良し母娘で通算4年間、毎年この季節にあちこちの「くるみ割り人形」のバレエを鑑賞致しました。
森下洋子さんが踊る松山バレエ団のものも観ましたし、今は引退なさった草刈民代さんや上野水香さんが所属なさっていた牧阿佐美バレエ団のものも観ました。中でも、草刈民代さんが踊る「金平糖の精」は、彼女が舞台に現れただけで息を飲んでしまうくらいで、美しいものを観ると涙が出てくる、という経験を初めてしました。もうあの舞台が観られないのは本当に残念ですが。

さて。
ドイツに住んでいた最後の年のクリスマス。その日本での「くるみ割り人形」のことを思い出して、ドイツでも娘に見せようとネットで調べると、丁度市のオペラハウスでまさに「くるみ割り人形」の演目をやっていたので、迷わず予約致しました。
オペラハウスと言っても、残念なことにその年は建物改修の年で、本来のオペラハウスではなく、仮営業の1年間のためにライン河畔に建てられたところでありました。
ただ実際に行ってみると、仮小屋といってもドイツ人が作るものですからかなり頑丈に建てられていて立派で、しかも円形に突き出た舞台を平土間席なしでいきなり4階建ての桟敷客席が囲んでいるといった造りで、舞台とオーケストラボックスが客席から凄く近いので、普段では味わえない感覚でバレエを観ることができました。毎年隣市のオペラハウスとコラボで、バレエの出し物をやるのだとのこと。例えば、今年こちらで「くるみ割り人形」をやれば、来年は隣市で「くるみ割り人形」をやる、とか、その代わりにこちらでは来年は「ヘンゼルとグレーテル」をやる、とかといった風に。
ところがその年は改修の年なので、「バレエ・ガラ」ということで、「青い鳥」「くるみ割り人形」「白鳥の湖」の中から名場面を取り出して上演する、というものでした。結果的には、美味しいところだけのつまみ食いのようで、「お得感」満載ではあったのですが。

当日、開演が20:00(日本では考えられませんね)ということで、母娘ともお昼寝たっぷり、そして観劇におけるドイツのドレスコードを心配しつつ、零下の気温の中自ら運転して会場に到着。
先ず仮小屋とは言いながら、客席入り口の手前は巨大なバー・コーナーになっていて、シャンペン、ビール、ワインを(がぶがぶ)飲みながら開演を待つ、感じです。仮小屋といっても、このバーコーナーを外すわけにはいかないドイツ人。
それと、ドイツは美術館でもそうなのですが、必ず無料のクロークがあって、コートを預かってくれます。日本のホールは、かなり立派なところでもコートを膝上に抱えて観劇や鑑賞をしなくてはならないところが多くありませんか?
コートを預けに行ったところ、デパートのコート売り場もびっくりのすごいコートの量です。当たり前ですね、外は零下5度の夜なのですから。毛皮のコート率10%くらい?まあ男の人も半分くらいいたし、子供の姿もちらほらあったので(そう多くはありませんでした)、これくらいかもしれません。
さてコートを脱いだ後のドレスコードというか格好ですが、「やっぱりドイツだよ」と落胆してしまうほどのセンスの無さ!第一「ドレスコード」なんてないのではないかと思いました。
前年の夏ミラノのスカラ座の正に「天井桟敷」の席でバレエとオペラを観たのですが、何より来ている人の格好をウォッチングするだけで楽しめました、カジュアルに走りがちな夏のバカンスシーズンですらそうだったので、観劇のシーズンである冬のスカラ座は如何ばかりなのでしょうね。
日中は32度を越す猛暑なのに、夕方きちんと盛装して現れるミラノの迫力あるオバサマは相当な圧巻で、加えて女の人よりも更にお洒落なオジサマ、しかもそれが集団となると圧倒されました。
対して、ドイツは・・・やはりヨーロッパ(ドイツ語では「オイローパ」)では文化後進国なのでしょうか、先ずドレスコードの統一がとれていない。
ダークスーツで来ている人もいれば、ジーンズにフリースのおっさんもいる、肩を出したドレスを来ている人もいれば、厳寒の中麻のパンツにサマーセーターって人もいる。←これは素材感とか無視(無知?)して単に「色合わせ」だけで選んでいるとしか思えません。
本当に「服装音痴」なんだと思います、ドイツ人。「神は二物を与えず」と言いますが、ギリシア彫刻に一番近い理想的ガタイを持っているドイツ人ですが、その身に纏うもののセンスがないのです。だから、住んでいる外国人としては気が楽、ってこともありますけどね。パリやミラノでオペラハウスに行くと言ったら、緊張してしまいます、東洋人。
やはりドイツ人が一番似合うのは「制服=ユニフォーム」だと思いますね、絶対に。
娘には「ここに来ている人たちは、そう大してお洒落というわけではないからね、 パリやミラノとは比べ物にならないんだからね」と教育上(←これ大事)言い聞かせましたが、わかってくれたかどうか。

さあ、これからが肝心のバレエの中身です。
先ず最初は多分バレエ団全員が出てきての踊りだったのですが、驚いたことにプリマらしい人は日本人!
それ以外にもアジアの顔をした人が数人(女性二人、男性3人)。
プログラムを見ると、男性のうち二人は多分中国人と韓国人のようでした(国籍はわかりません、名前から中国or韓国系だと思うけど国籍はアメリカ人かもしれないし)。
結果的にいうと、プリマの女の人以外の日本人女性ダンサー二人も、その後の「白鳥の湖」のアブストラクトでは、白鳥のオデットと黒鳥のオディールをそれぞれやったのに加えて、男性の人も「青い鳥」でペアで踊った場面の男性ダンサーだったし、日本人スゴイ!
順序的には、「青い鳥」→「くるみ割り人形」→「白鳥の湖」だったのですが、さてさて、前置きが思いっきり長くなりましたが、私が驚いたのはこのくるみ割り人形」のトンデモ演出!
最初に述べましたが、それまで日本で鑑賞したバレエ「くるみ割り人形」は至って普通の演出でした。一言で言うと「19世紀後半のヨーロッパのアッパーミドルのクリスマスはこんな感じだったのね」と思わせられるもの、若しくは「日本人がイメージするクラシックなヨーロッパのクリスマス」でした。しかし、今回の演出には度肝を抜かれました。

いくつかの場面が抜き出されていたのですが、最初が「ねずみの王様とねずみたちの踊り」でした。
先ず、ねずみたちが「ねずみ」じゃないというか、ねずみの衣装が「ホームレス」なのです。
客席が暗くなって、一階の客席の中からその小汚いホームレスたちのダンサーが舞台に上がってくる、っていう演出。その衣装も、否、衣装というよりも鉄道駅近くに実際にいるホームレスから借りて来たとしか思えない臭わんばかりの迫真のコスチューム!
そして、そして、「ねずみの王様」の格好が・・・
「ねずみの王様」を踊るダンサーは、「ダンサー」というより筋肉隆々のボディビルダーのようなガタイのよい黒髪の長髪(肩下10センチ)、ムキムキマン
衣装は、黒の短パン(多分レザー)、それのみ(つまり上半身は裸です)。同じく皮製と思われる黒い首輪と腕輪、そして塗りたくった赤い口紅。
極めつけは、空中をしなる鞭!このねずみの王様ったらムチ持ってるのです。そのムチで、ホームレスならぬねずみたちをNussknacker(くるみ割り人形)に向かってけしかける。
そして、おかまっぽい仕草の振り付け・・・・そうなんです、どう見たって、「おかまのサド」!!
数は少ないとはいえ、良い子のお客もいるっていうのに、この演出!
娘と口をあんぐり開けて、「ありえないよね」と言いながらも面白がって観てしまいました。
この演出家、プログラムを見たらドイツ人の男の人のようですが、性的嗜好は如何?。
だって、その後の「アラビアの踊り」。
又しても男性ダンサーの衣装が、ぴっちぴちの短パン一丁、上半身裸。
水着よりもビキニと言った方がよい短パン、それと頭にターバンのみの衣装。
ペアで踊る女性のダンサーは、フツーのアラビア風の衣装で、ちゃんとボレロ風の上着にゆったりした長いパンツだったので、男性ダンサーの衣装が余計ヘンでした。
娘が「あの踊っている男の人、絶対に家族をよべないと思う、だって家族に見られたらチョー恥ずかしくない?」とのたもうた程でした、家族じゃなくても見ててかなり恥ずかしくなると思いますけどね。
くるみ割り人形」からの抜粋は、「ねずみの王様とねずみの踊り」と「アラビア風の踊り」に続いて「花のワルツ」(これは拍子抜けするくらいごくフツーのまともな演出」の三場面で、狂言回しのような白い妖精が出て来て次の「白鳥の湖」に続ける、という趣向でした。
しかし、可哀そうだったのが、この狂言回し役の日本人女性プリマのヘッドドレス(?)。
妖精だからティンカーベルのような小さな杖を持って全身白のドレスはわかるけれど、頭に八墓村のように(覚えてます?角川映画ろうそくをつけた冠


をかぶらされていたのが、ちょっと目にも重そうでした、それにどう見ても八墓村*1だったし。
白鳥の湖」の名場面集みたいな方は、うって変わって、「花のワルツ」同様ごくまともな演出(?)でほっとしました。
オデット役もオディール役も日本人女性が踊ったのですが(これもスゴいことです)、とても上手くて拍手喝采でした。
特に黒鳥のオディールの踊りは、王子を誘惑しようとする表現力に加えて、あの何回もピルエットを回るところも、日本人らしい(?)一糸乱れぬ正確無比な旋回で、会場を沸かせました。
今回仮小屋ということで舞台を通常ではあり得ない近距離で見られたこともありますが、外人のダンサーって、ドイツだからかもしれませんが、表現力がイマイチなのです、大味というか。
日本人の繊細な表現力が素晴らしい、というか、あの指先の先端まで行き届いた細やかな表現は外人には真似ができないのだと思いました。
だから、例えばボリショイとかの外人ダンサーで物凄く表現力がある人は特別なのかもしれません。
技術的にはきっと全員が物凄いものを持った人ばかりの集団の中でただ一人のプリマに登りつめるためには、逆に表現力が決め手なんじゃないか・・・と俄か評論家の私は思ったことです。
多分、その夜の観客の中で唯一のアジア人だったと思います、私と娘。でもドイツまで来て、日本人バレリーナの素晴らしさを観ることができて、幸運だったと思っています。舞台上の彼女たちからは、アジア人の私たちが見えたでしょうか?

星空も凍る帰り道、「日本に帰ったら、また『くるみ割り人形』観に行こうね。」と娘に言ったものの、あの強烈な演出の「くるみ割り人形」を見てしまうと、その毒気が抜けてからでないと、もうフツーの「くるみ割り人形」が見られないと思ったことでした。

*1: