東京大学の新しい語学プログラムと慶応大学の学期スケジュール変更のニュースについて 雑感

新年度を迎えて、日本の大学の改革(案)が報道されています。

先ずは先週入学式が行われたばかりの東京大学朝日新聞によると、

(前略)
この春、東大は動いた。一つは、英語での論文提出を課す半期の授業を1年生全員に必修をしたことだ。英語で論文を書くぐらいは当たり前の時代。(中略)
 授業は週1回、全て英語で行う。他の論文を引用する際のルールや文章の組み立て方を1か月ほど学んでから、各自がテーマを自由に設定。A4判5枚程度の英語論文を、クラスメート同士で批評しあいながら書き進める。仕上げたら英語でプレゼンテーションさせ、発進力を磨く。
 ただ、入学時点ですっかり英語をマスターしている学生もいる。そんな学生にはもう一つ、中国語をたたき込む特別プログラムも用意した。入試での英語の成績上位者300人のうち、中国語を第二外国語に選んだ最大75人を対象とする。
 1年次は週5日、2年時は週3日の授業で、中国の大学でも学べる程度の中国語力を目指す。ネーティブ(原文まま)の教師が発音もみっちりと教えて会話力も鍛える。終盤には、李白杜甫漢詩紅楼夢などの古典長編を原文で読み込む。中国人に教養人とみとめられるには、不可欠な知識だからだ。
 担当する石井剛・准教授は「中国の台頭で、中国語は国際舞台で必須の言語になりつつある。長い目で中国と良好な関係を保つには、エリート同士の人間関係が欠かせず、英語も中国語も話せる人材が必要だ」と話す。
(後略)
                              (川見能人)4月13日夕刊


秋入学やら、ギャップタームやら、推薦入試やら、最近は迷走気味だった東京大学の話題ですが、この新しい試みは素晴らしい改革だと思います。
英語については、記事のように先ず論文(と呼ぶにはA45枚では分量が少なくはありますが)作法を理系文系関係なく「全1年生」が学ぶことは、受験勉強で身につけた文法や単語の知識(←これが大事!)を無駄にしないで英語力向上に結びつける先ず第一歩でしょう。何故今まで東大がこういうことをしなかっのか、そっちの方が不思議なくらいです。受験英語最高レベルの文法知識ばっちり、単語力もばっちり、である東京大学の学生に、ライティングやスピーキングを教えるほど簡単なことはないはずなのに。今までが、宝の持ち腐れだったのです。今後こういう試みを続けていくのならば、更に、全学生が、時事問題や自分の専攻分野について英語でディスカッションできるような語学教育を進めてほしいものです。東京大学の学生たちが、テレビ番組のサンデル先生の授業で、ハーバード大学北京大学の学生を「英語で」論破して、ワールドカップWBCにおける日本チームのように喝采を浴びられることを目指してほしいですね。
そして何より素晴らしいのが、引用後半にある、既に十分な英語力がある学生に、中国語を集中的に学ばせるプログラムですね。4年後には「日本語・英語・中国語」の三か国語が堪能な東大卒業生が少なくとも75人は誕生するわけです。これは本当に画期的なことです。
願わくば、中国語だけでなく、韓国語やロシア語、アラビア語なども類似のプログラムを作っていただきたいものです。そのようなプログラムで学んだ大学生、それも東京大学の卒業生が毎年コンスタントに世の中に出て行けば、早くて10年、20年後には世の中が変わる、近隣諸国との関係が変わるのではないかと思ってしまいます。

ただ幾つか疑問を呈すとすれば、これはあの「秋入学」とどう連関するのか?現状の2月の入学試験が終わって3月に合格発表を行うスケジュールが変わらないのならば、このような集中的語学プログラムは、秋入学で入試から半年間ものインターバルを空けるよりも寧ろ4月に入学してすぐに行った方が、モチベーションも高まるし、個々の学生のその後の学び方のプランも選択肢が広がると思うのですけど。


加えての疑問は、最近発表になった推薦入試や従来からある帰国入試で合格した学生はどう扱われるのか?東大の推薦入試ですが、やはり朝日新聞の記事によると

東京大学は15日、2016年度入試から推薦入試を導入すると正式に発表した。募集人員は文系、理系の全科類で計100人程度。後期日程をなくし、その分をあてる。2月の前期日程より前に実施し、推薦で不合格でも前期試験を受けられるようにする。

 推薦できる高校は限定しない。高校長が1〜2人を選び、東大に調査書などを提出。応募者多数の場合は書類選考で絞り、面接などで合格候補者を選び、大学入試センター試験で基準得点を上回れば合格とする。
                        3月16日 朝日新聞


とのことですが、だとすれば、東大の二次試験を受験しないで入学する推薦入試の合格者は、「入試での英語の成績上位者300人」には入らないわけで、彼らは中国語を集中的に学ぶプログラムに参加できないことになるのでしょうか?また同様に、帰国入試で入学した学生は、当然の如く殆どの場合英語が堪能だと思われ、彼らこそこの中国語プログラムに参加すべきだと思われるのですが、それはどう扱われるのか?その辺りに疑問が残ります。大学当局のお仕事がお役所並みの縦割りで調整できていないだけかもしれませんけど。


一方私学の雄である陸の王者慶応大学について、日経新聞に「慶應大学が学期を見直す」というニュースが出ていました。

(前略)
新たな学期スケジュールの案は4種類。
①4学期制で春と秋学期を半分ずつに区切り、約2ヶ月で学期を終える
②春学期の途中の6〜8月を夏休みにし、休み明けに定期試験を行う変則型
③夏休み機関を除き、残りを4学期に区切る
④夏休み以外を10週間ずつに区切る3学期制

①のケースも、2年次以降は6〜7付きの第二学期(クオーター)に必修科目を置かず、学生が休みを取れるようにする。

これにより、いずれの学期スケジュールでも6月から長期休暇が取得できるようになり、欧米の大学などが開く夏季講座に学生が参加しやすくなる。(後略)

                          4月14日 日本経済新聞


①から④の学期スケジュールの変更案を大学生と関係のない人が見ても、何の事やらわからないと思いますが、この改革案の一番のキモは、黄色斜字の部分(筆者による)ではないかと、私は思います。

「留学」と一口に言いますが、それには色々と種類があります。

1. 日本の大学に籍を置いたまま、通常は1年間海外の大学で勉強する「留学」
大学からの交換留学(籍のある日本の大学に学費を納めれば留学先の学費を払う必要がなかったり、プログラム・フィーを払えば逆に日本の大学の学費を免除されたりする)で行く場合が多いようです。大学自体が交換留学先をどれだけ持っているかで、留学先の選択肢が決まってくることになります。また多くの場合現状では、留学すると自動的に1年留年することになります(単位互換の制度もありますが)。日本の大学を休学して(その場合の学費の規定は各大学に依りますが)、自分で留学先を見つけて私費で留学することもできます。交換留学したいのならば、入学前に大学がどれほど留学先を持っているかをウェブで良く調べた方が賢明かも。1年間の留学ですから、卒業は日本の大学になります。


2. 日本の大学に行かず、海外の大学を卒業する「留学」
これは、競争率が滅茶苦茶高い奨学金をゲットできなければ私費留学となります。海外の大学を卒業して、大学卒の学位を得る「留学」です。


3. 日本の大学を卒業して、日本の大学院に入学し、それから海外の大学院に出願し、海外で修士や博士の学位をとる「留学」
海外の大学院で博士号を取ろうという本格的な留学です。しかし日本の大学を卒業してすぐに留学するのは実際簡単ではありません。学部卒業時期の問題だけでなく、日本の大学の学部から直接海外の大学院に出願して合格するための語学力が圧倒的に不足しているため、先ずは日本の大学院(修士)に入学して専門を学びつつ、時には修了してから、海外の大学院の修士もしくは5年課程の博士コースに留学するケースも多いようです。しかしそうなると、日本の大学院修士課程で学んだ2年間が、年月的には無駄になります。どの道、博士号をとるまで最低でも5年間、長い場合は10年近く留学することになります。


2の留学は私費となると莫大な金額がかかりますし、最低4年の年月もかかります。3の留学も同様ですが、留学期間の長さだけではなく更に今度は修士や博士の学位をとらなければ帰国出来ない(物理的には帰国できますが、「故郷に錦を飾る」という意味で)というプレッシャーもあります。
1の留学にしたって、そもそも誰もが名前を知っている欧米の有名大学への「交換留学」というのは、東大や早慶の交換留学先としても本当に数が限られています。それら海外の有名大学が要求するTOEFLの高いスコアをクリアしても学内の選考を通過しなければ、「交換留学」できません。日本の大学生の間ではまだ一般的ではないGPAも大事です。要求されるTOEFLやGPAのレベルが低い無名の大学へ留学することを良しとするかどうかは個人によりますが、とにかく留学して日本に帰ってきても、1年学年が下がることになります(就職はボスキャリで決まったとしても)。

実はそれ以外にも「留学」に似た選択肢はあります。海外の有名大学の授業を短期間で経験したい、というのならば、各大学が開講しているサマープログラム(「サマースクール」とか「サマーセッション」とも呼ばれている)が一番です。短いもので2週間、長いものだと6週間とか、ハーバードでもスタンフォードでも日本人が大好きなブランド大学ではどこでも開講しています。これは、日本の大学や留学斡旋会社がやっている「海外の有名大学で学ぶ語学研修プログラム」とは、全く違いますよ。「海外の有名大学で学ぶ語学研修プログラム」というのは、夏休みで学生がいない学寮やキャンパスの一部をお金を払って借りて(海外の大学はブランドを使ったお商売はとても上手です)、その大学とは大抵の場合全く関係がない語学教師や、皆がこぞってバカンスに出かけるのにお金を稼ぐ道を選んだその大学の教師による「外国人向け」の英語研修であり、クラスメートはアジア人が殆どか、下手すると日本人ばかり、という代物です。午前中は授業があっても午後は自由だったり、たった2週間の研修の後半はツアーの観光旅行だったりします(だから料金は割高)。ところが、各大学が自ら開講しているSummer schoolやSummer sessionは、世界中から来た学生や運が良ければその大学の学生と共に学ぶことができます、勿論誰もが無条件で受け入れてもらえる訳ではありません。各大学のサマープログラムのサイトを見て頂くと、例えばハーバードで要求される語学力はTOEFL100、スタンフォードでは90です。これは日本の大学生にとってはかなり高いスコアに見えますが、実は通常の「留学」ではとてもこんなスコアでは両校には合格できないのです。1年間の交換留学であれ、学位を取る留学であれ、普通は90や100でスタンフォードやハーバードに合格できるはずがないところを行けてしまうサマープログラムはお得なのです。
お得なのはTOEFLのスコアだけで、かかるお金はぐぐっと高額ですが(アベノミクスのお陰で、昨年に比べて日本人にとっては大幅値上がり!)、それでも1年間の留学や、5年間のPhD留学に比べれば、まだ何とかなる額です。

ところが、このサマープログラム、今まで日本の優秀で経済的に恵まれた大学生ですら参加は不可能だったのでした。それは何故かというと、開講期間が6月の終わりから8月の初め、という日本の大学では「前期の真っ最中〜前期試験」の期間だったからです。去年だと、前掲のハーバードやスタンフォード以外のアイビーリーグ、その他ランキング上位の大学はイギリスも含めて極僅かの例外を除いて、6月から8月にかけてがサマープログラムの期間でした。慶応大学の学期スケジュール改革案が、①から④のどの案に落ち着こうが、そんなことは知ったことではありませんが(!?)慶應大学の学生が夏休みに海外有名大学のサマープログラムに参加できるようになる、ということが一番重要な点だと思います。来年の夏は、海外の有名大学のサマープログラムに慶応大学生が数多く参加できることになるでしょう。

ところでこの海外有名大学のサマープログラムは、「お得」ということだけでなく、
・1年間の留学はちょっと長過ぎる気がして決心がつかない
・1年間の交換留学に行きたい気持ちはあるけれど、本当にやっていけるか不安があるのでその前に「お試し留学」したい
・将来大学院で留学したいけれど、「留学」がどんな感じか知っておきたい
と考える学生にぴったりなのです。
留学を考えている大学生にとっては実は秋入学だろうが春入学だろうがどっちでもよいことであり、このサマープログラムに参加できることの方が、余程朗報ではないかと思います。サマープログラムに参加することによって、日本では有名大学の学生でも世界で見れば井の中の蛙であることを自覚するもよし、刺激を受けてより長期の留学を目指すもよし、いきなり長期留学に出てぶつかる諸問題にサマープログラムで慣れるもよし、逆に海外での長期の生活は向かないことを悟って日本国内で研究する道を選ぶもよし、です。
慶応大学に続いて是非他の大学も、秋入学だろうが春入学だろうが学期スケジュールがどんなハチャメチャなものでもよいので(!?)とにかく夏休みだけは欧米の大学に揃えてほしいところです。特に東京大学は、画期的な語学プログラムを始めるのならば、そのプログラムで語学力を高めた学生が夏休みに欧米の有名大学のサマープログラムに参加できるように、先ず夏休み期間を変更して頂きたいものです。
そしてもう一つ注文をつけるとすれば、海外の大学が開講しているサマープログラムで取得した単位を、日本の大学が卒業単位として認める制度ができれば、これらの制度改革は大学の目論見以上に成功すると思います。




ということで、大学生にとってチャンスと選択肢が増える改革案が出てきたのは喜ばしいことですが、いくら制度ができてもそれを利用して勉強するのは大学生自身であり、個々の学生に要求されるものも従来より遥かに高いものになるのです。「英語苦手だけどみんなも英語できないから。英語できるのは帰国子女だけでしょ。」「留学なんてごく一部のヤツが行くもんでしょ。」と言っていられなくなりそうですね。

「大学はレジャーランド」だった親の世代ができることは、今の大学がどうなっているのか、どう変わりつつあるのか、を必死で理解してついていくこと、そしてせっせと細い脛を更に削ってお金を出すこと、それくらいしかないのですが、頑張って将来の日本を担う世代を応援するしかないですね。