下村文部科学大臣の「ギャップタームを活用して海外に留学したいという学生全員に奨学金を給付する」発言の謎

本当に「妄言」としか思えないのですが。

TBS News(動画あり)

アメリカを訪問中の下村文部科学大臣は1日、東京大学などが進める秋入学への移行にあわせ、高校卒業から大学入学までの半年間の短期留学を希望する学生全員に対し奨学金を給付する考えを明らかにしました。

 「ギャップタームを活用して海外に留学したいという学生は、全員(奨学金の給付の)対象にしたいと考えている」(下村博文文部科学大臣

 下村大臣は高校卒業から秋の大学入学までに生じる半年間の「ギャップターム」に海外留学を希望する学生への奨学金給付について、「学生1人あたりせいぜい30万円あれば短期留学は可能だ」と述べた上で、すべての留学希望者を対象にした奨学金給付制度を作る考えを示しました。

 ただ、ギャップタームにボランティアやインターンを目的に海外に渡航する学生については「今の段階では給付の対象と考えていない」と述べる一方で、こうした学生が企業などの支援を受けられるような環境作りを図りたいと強調しました。

 29日に行われたダンカン教育長官との会談では日米間の留学生数の倍増を目指す方針で一致していて、日本からアメリカへの留学生数の激減に歯止めをかけるため両政府が環境づくりに乗り出した形です。(02日06:36)


文部科学大臣の職にあって、日本の大学受験生の実態をご存知ないとは思えませんが。
早稲田出身であるご自身も嘗て受験生だった時に

早稲田大学のあらゆる学部を受験し、教育学部に合格した。

とおっしゃっていますから当時だと文系の5学部くらい受験なさったことだと思いますが(下村博文公式web)、日本の大学受験生は、殆どの受験生が臨む一般入試の場合、入試が行われる1月から2月の末までは、それこそ「在戦場」です。第一志望に滑り止めを加えて、数校、中には10校近くを全力で受験していく「日々是決戦」状態です。
そんな中、合格するかどうかもわからないのに、呑気に合格した後の留学の計画なんて考える余裕などないのが実態ですよ。
また現実問題として、「秋入学」までの半年間の留学、と言いますが、欧米の大学だと、セメスター制の大学だと1月から始まる春学期の途中から編入などできませんし、こちらの方が数は少ないと思いますがクォーター制の大学の4月から始まる春学期にしろ大学入試が終わってからの出願では間にあわないのではないでしょうか?
ビザはどうするのか?住むところは?全く非現実的です。
「留学」と簡単に言いますが、それはそれは周到な準備と手間がかかるものなのです。
何より、「秋入学」というからには、大学入試が終わって高校を卒業してからの身分は「大学生でも高校生でもない」んですよ。海外の大学にどういう身分で留学するのでしょうか?
受け入れ先の海外の大学も、まだ「大学生」でもない生徒?学生?を、学期の正規生として受け入れてくれるのでしょうか?どこにも属していない学生が「国際学生証」とか作れるのでしょうか?
そう言えば、東大は「春入学、秋始業」、ついでに「春卒業」で3年半で大学教育を完遂させる、というウルトラCを考え出したんでしたっけ?春に入学して、授業は受けないのに授業料払って、学生証は貰えるのでしょうか?
「秋入学」を考えている他の大学が、この腰砕け&こじつけの東大プランに乗っかるのかどうかはわかりませんが、「高校生でもない大学生でもない」身分では「留学」などできないことは確かだと思います。



では、下村文部科学大臣の発言に沿って、この有り難い「秋入学までの半年間のギャップタームに留学を希望する全員に奨学金というプランに乗ることが出来るのはどういう学生なのか、を考えてみると、

・前年の年末くらいまでに、推薦で秋入学の大学入試をパスして、4月からの留学の準備に集中できる学生

→ 帰国子女対象でなくて日本の一般の高校生も対象にした秋入学の推薦入試が前年の年末までに行われているところを探してみましたが、私の検索能力では見つかりませんでした。普通日本の高校3年生が、わざわざ1年先まで入学できない秋入学の推薦など受けないからでしょうが。勿論、高校卒業後大学入学前、という身分の問題はあります。


・前年の年末くらいまでに、推薦で4月からの春入学の大学入試をパスして、4月に入学すると同時に休学。半年留学して、9月から日本の大学に復学を考えている学生

→このスケジュールだと可能です。推薦入試を希望する受験生が増えるかもしれませんね。一方、大学受験がない、大学附属の高校の生徒にとっても美味しい選択肢です・・・しかしこれだと「秋入学までのギャップタームでの留学」という奨学金の要件?に当てはまりません。加えて、奨学金の恩恵に与れる生徒が限定的すぎて、税金を使って支援することに疑問が残ります。


・前年の秋に入試が行われる私立大学の4月入学帰国入試で合格し、上記と同様4月に入学すると同時に休学して、留学する学生

→帰国生は、そもそも海外の大学に進学する選択肢もあるのに、敢えて日本の大学に進学したくて、日本の大学の帰国入試を受けているのに(しかも帰国時に年齢的には一浪になる生徒が多い)、奨学金が貰えるとしてもわざわざまた半年遅れというハンディを背負って留学するとは思えません。勿論、この場合も「秋入学までのギャップタームでの留学」という要件には当てはまりません。



と考えてくると、「ギャップターム」に学部正規生として「半年」留学することは不可能であり、日本にこの奨学金を受給できる学生はいないのではないか?本当に下村文部科学大臣の発言はますます妄言と思えてくるのですが、いやいや、一国の文部科学大臣が、アメリカまで出向いて、具体的なビジョンが何もないことをおっしゃるとは思えませんし、後ろには優秀な官僚がついているはずですから、財源は勿論、何かビジョンがあるに違いない、文科省の官僚が考えることだから先ずは東大に有利になるような思惑が隠されているはず(それを早稲田出身の大臣が気が付かないのが悲しいところですが)・・・と無い知恵を絞って必死で考えて、何とか考えたのが以下です。

・「留学」といっても、正規の学部留学ではなく、語学学校への語学留学も「留学」と下村大臣は考えているのではないか?

東京大学など「秋入学」を実施する数少ない国立大学も大学入試は従来通り2月末に実施して3月上旬に合格発表するらしいですね。合格に浮かれずにすぐさま留学の手続きに入れば、6月くらいから始まる「語学留学」はできるでしょう。「語学留学」というのは、単位がとれる正規の大学への留学ではありません。例えばアメリカの「語学学校」とは、世界中からアメリカの大学を目指して渡米したものの、英語力がないために大学への入学を許されなかった学生が、大学で学ぶのに十分な英語力をつけるために一時的に通うESL(English as second language)のための学校です。言い換えれば、そこにアメリカ人はいません。普通これは「留学」とは呼ばないと思うのですが。しかし一番問題だと思うのは、「語学留学」如きに税金を使う、ということです。一方で今現在、大学院で学位をとるために留学しようとしている学生が大勢います。言うまでもなく、東大なら大勢いるでしょう。PhDを取得しようとすると、最低でも5年間の留学ですが、今でさえ奨学金は狭き門なのですが、限られた予算は寧ろそういった大学院留学を目指している学生に返還不要の奨学金として振り向けるべきではないでしょうか?
また、話題になった東大の推薦入試は、合格発表が2月の初めということですから、一般入試の合格者に比べれば1ヶ月時間の余裕があるわけですが、それにしても、上に挙げた問題点は同様です。
余談ですが、安倍総理も大学入学前ではないのですが、大学卒業後、カリフォルニアの語学学校に「留学」しています。1年間語学学校に通って、南カリフォルニア大学に入学しています(その後1年足らずで退学していますが)。語学留学するのならば、2ヶ月や3ヶ月では、アメリカの大学に入学するレベルになるのは難しいのです。3ヶ月通うとしても、実際は、現地に行ってやっと生活に慣れて語学の勉強も本格的になってきた頃に帰国、ということになります。そういう「留学」に、税金で奨学金を支給するべきなのか?



・そもそも中には5月半ばから夏休みに入る大学が多い欧米の大学に「半年間の留学」などできるはずはないのだから、夏休みの「Summer program」とか「Summer session」と呼ばれている「夏期講座」も「留学」と下村大臣はみなしているのではないか?

→欧米の大学が夏休み中に開いている夏期講座である「Summer program」や「Summer session」なら、確か中には高校生も参加できるものがあったと記憶していますから、「まだ大学生ではない」身分でも参加は可能です。時間的には厳しいですが、3月上旬に大学に合格して、それから準備をして間にあうと思います。しかし、この夏期講座に参加を希望する「秋入学前の未来の東大生/及びその他」全員に奨学金を出す、というのは果たして公平でしょうか?他大学の学生でも、また東大に在学中の学生でも、夏期講座には参加可能なのです(但し、夏休み期間が欧米の大学とズレているために限られますが。参考:東京大学の新しい語学プログラムと慶応大学の学期スケジュール変更のニュースについて 雑感)。同じように日本の大学から夏期講座に参加するのに、「秋入学前の未来の東大生/及びその他」は奨学金を全員貰えて、他大学、また既に在学中の東大生は貰えない、というのは、制度としてどうなのでしょうか?加えて、これらの夏期講座に参加するのならば、取る講座の日本語での予備知識と、何を学んでくるかという強い問題意識がないと、期間も短いので、効果がないと思われます。大学入学前の生徒がのこのこ行っても、訳がわからないうちにあっと言う間に終わってしまった、ということになりかねません。



少子化が進んで税収は減り、年金問題もあるというのに、「希望者全員に支給」という今どき太っ腹な提言なわけですが、税金を使う以上、要件は厳格でなければなりません。下村大臣の言葉によると
「ギャップタームを活用して海外に留学したいという学生」
ということですから、どういう学生が奨学金が貰えるのか、その要件を考えてみます。
「ギャップターム」と言うからには、先ず
・秋入学を実施している大学でなければならない
ことになります。そうしなければ、「春入学して即休学」する学生もOKにしてしまうと、前述のように推薦入試や大学付属高出身の学生が殺到して「希望者全員に支給」していると文科省の予算は破綻してしまうでしょうから、「秋入学」する学生に対象を絞る必要があります。しかしどうやら「春入学、秋始業」という灰色の東大は「秋入学」と見なされるようです。まあ、それで学生の「身分」の問題は解決できます。そして「留学」の中身ですが、
・可能な「留学」選択肢は、語学留学か夏期講座しかない
ということになります。前述のように東大の入試のスケジュールからいって、留学先がセメスター制であってもクオーター制であっても正規留学は無理、なので、語学留学か、夏期講座しか「留学」できない、ということになります。

これらを総合すると、

「春入学、秋始業」の大学に3月に合格した途端、すぐに準備を始めて、6月から「語学留学」か「夏期講座」に「留学」する学生

ということになりますね。
別にこれが結果東大生オンリーであっても構わないのですが(ってか、東大の「秋入学」を後押しすることを念頭に置いての提言だと思いますが)、その上で、これは希望者全員に税金で奨学金を出してまでやることか?と言いたいですね。今更持ち出すまでもなく、東大生の保護者の平均年収は1000万円を越えているそうですから、わざわざ文科省が30万円の奨学金なんて出さなくても、さっさと息子や娘を夏期講座なりに送り込むでしょう。




下村大臣は理解して使っていらっしゃるのかどうかわかりませんが、そもそもこの「ギャップターム」という単語は、「ギャップイヤー」という本来の単語を、東京大学が改変した和製英語ならぬ東大製英語のようですが、みみっちいというか、本当に「受験勉強では得られない広い体験を得る期間」とか言うのならば、数ヶ月の「ターム」なんてしょぼいことを言わないで、準備する期間や撤収する期間も含めて最低でも1年「イヤー」としてほしいものです。
しかし、東大生の四分の一から三分の一を占める浪人生は、「更に1年遅れる」ことを良しとするでしょうか?
学費を出す保護者は、どう考えるでしょうか?
回り道をした人間や、チャレンジをする人間に対して、まだまだ寛容でない企業や社会を先ず変えないことには、本当の意味での「ギャップイヤー」は、大学生に浸透しないでしょう。東大生にとっては、今のところ、ストレートに就職することが、一番の安全な道なのですから。
先日の自民党教育再生本部の「TOEFLを大学入試に導入」という提言にも思ったのですが、思いつきのように、数打ちゃ当たる式に、グローバル化っぽいことを言うのは、政治家としてどうなんでしょう?
政治家ならば、「秋入学の後押し」なんていう実際は東大生限定でしかないしょぼくて狭い了見ではなく、日本の大学生と大学院生全体でどうやって留学する学生を増やしていくか、どうやって支援するか、彼らが帰国した時に留学で学んできたことをどうやって社会で生かせるような仕組みを作るか、ということを考えて頂きたいものです。


私の下手な推測が思いっきり外れて、実は素晴らしいビジョンが下村大臣の発言に隠れていることを願いつつ。