「女性活用」に関しての”ポジション・トーク”(私製英語)を考えてみる


「ポジション・トークという言葉があります。
これは和製英語だそうで、「ポジション」とは「立場」のことではなく、「金融市場で売買はしているけれども決済はしていない建玉」のことで、保有している自分の「ポジション」について「風説の流布」すれすれの有利な見通しを発言することのようです。
ネットや言論上では、「ポジション・トーク」とは、「自分の立ち位置(所属団体・勤務先など)を明らかにして特定の事物に言及する行為(はてなキーワードより)」という意味でも使われるそうですが、最近の「女性活用」についての様々な発言を見るにつけ、私の頭には、本来の意味とは関係なく勝手にこの「ポジション・トーク」という言葉が浮かんでしまいます、最早「和製英語」ですらなく、「私製英語」としか言えない、私の印象のみによる解釈ですが。
これって「ポジション・トーク」(私製英語)なんじゃないの?という発言がここかしこに・・・。


身近な例で言うと、50歳代の我が夫。
彼は、職場の女性活用に関して、その年代のオジサンにしてはすこぶる理解があります。
例えば、留学経験もあり仕事ぶりも優秀な女性社員に責任ある仕事を任せ、更には彼女が妊娠し出産のために休職するにあたっては、「席はあるから、必ず仕事に復帰してほしい」と送別会で激励したそうです(トレンディでカッコいい上司ですね)。
また、日本国籍ではない、極めて優秀な成績で四カ国語を操る大学院卒の女性の採用も強く進言したそうです(グローバル化、大事ですよね)。
とまあ、自慢そうに本人は言うわけです。
私は、女性として、そういうことは至極当然であると考えますし、喜ばしいことだと思います。
しかし、夫が、その年代のオジサンにしては珍しく「女性の能力」についての偏見がないのは、本人が人(=オヤジ)並みはずれた寛容性を持っているから、では全くなく、その原因は、極めて優秀な2歳違いの姉がいるせいだからだと、私は思っています。
夫の姉、つまり義姉は、頭脳明晰、学業(超)優秀(夫は姉にはとうとう勝てなかったそうです)、人格温厚、おまけに還暦間近の年齢なのに、往年「河合奈保子に似ている」と言われた面影が今でも残っている、という女性で、「2歳違い」の弟である夫は、「女は馬鹿だ」「女は仕事ができない」という偏見を微塵も持たずにこの歳まで育ってきたというわけです。
「女性活用」の強力な有効策は、一姫二太郎だということでしょうか、な訳ありませんけど。

何が「ポジション・トーク」に聞こえるかといって。
その、オジサン年代でありながら「女性活用」に積極的な夫ですが、そもそも夫は、「同期入社の女性総合職」などいない世代のです。
夫が会社に入社した頃は、「総合職」という言葉もなく、同期入社は男性大卒のみの時代。
高卒やせいぜい短大卒で入社した女性社員は、歳が違わない若い男性社員にも「女の子」とまとめて呼ばれていた時代でした。
ですから、管理職の椅子を同期入社の女性社員と争って上司に「君の方が相応しいとは思ったんだが、ウチの部署から女性管理職を出さなくてはならないので、今回は我慢してくれ、悪いようにはしないから」と言われた経験もありませんし、女性の上司に仕えたこともありませんし、勿論、自分自身の仕事に加えて産休や時短で抜けた女性社員の仕事を引き受けた経験もありません。
だから、言えるんじゃないの?
自分のキャリアではセーフだから、全く影響を蒙らない安全地帯にいるからこそ、俄かリベラル発言を気持ちよくできるんじゃないの?
と、私なんかは思うわけですが。


俄かリベラルは夫だけではありません。
長谷川閑史・経済同友会代表幹事は何と言っているか。

働く母親たちに在宅勤務などの選択肢を与え、職場復帰のステップを踏めるようにすれば、労働人口が増え、税収も増える。消費活性化も期待できる。男性も応分に育児負担するのは当然だが、一番の問題は慣習が変わるのに時間がかかることだ。経営者は国に求めるだけでなく、先頭を切って環境を整えていかなければならない。  経営者は率先し女性活用を 経済同友会・長谷川代表幹事

米倉弘昌経団連会長は、

企業における女性のキャリアアップ・登用につきましては、会員各社に一層の努力を呼びかけていく旨申し上げるとともに、喫緊の課題である待機児童の早期解消に向け、民間活力を積極的に活用し保育サービスの整備・拡充を推進していただくよう要望いたしました。(中略)女性のキャリアアップ・積極登用につきましては、すでに各社で取り組まれていることと存じますが、経営トップの強い意志のもと、さらなる取り組みを積極的に進めていただきますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。経団連といたしましても、先進事例を収集し、会員の皆さまと共有していくなど、さまざまなかたちでご支援申し上げたいと考えております。
経団連タイムズ 2013年5月16日 No.3130 若者や女性が活躍できる社会の実現に向けて −米倉会長が会員企業に呼びかけ

ですものね。


朝一歩自宅を出れば、家庭のこと(子どもが風邪気味、故郷の父が入院、洗濯機が故障、小学校の面談、PTAの役員決め、自治会の会費集め、等々果てしない案件)は全て忘れて月間100時間の残業も何のそのひたすら仕事に励み、後顧の憂いなど微塵もなく地方・海外出張に飛び回り、国内転勤は勿論海外赴任には当然の如く家族も帯同し(引っ越しは全て妻任せ)、部下とは帰宅時間を気にする事などなく「飲みニケーション」(←オヤジ!)を頻繁にはかって信頼関係を築いてきた、なんて会社人生を歩んでいらしたオジサン、いますよね〜。60歳以上の会社の幹部の方なんて、全員そうじゃないんでしょうか、いえ、別に特定の方を指すものではなくて。


まあ、ここに来て「女性活用」を謳うその経団連は、その昔、とんでもない無礼をかの片山さつき氏に働いたようですね。

今をさかのぼること約30年前。就職活動中の私は経団連にも応募書類を提出していた。東大法学部で国家公務員上級試験にも受かっていて、成績は全優、しかも自宅生という条件の学生が経団連を志望することはまずなかったので、さっそく私の自宅に経団連から勧誘の電話が入った。だが、その時私は外出していたため、母が「娘は外出中」と言ったところ、先方はあわてて勧誘を撤回したという。
 さつきという名前で男性と勘違いをしたようで、「男性しか採用しないことになっている」というのが勧誘撤回の理由だったと、帰宅した私は母から聞かされた。
片山さつきが明かす「女性幹部誕生に必要なこと」

酷い話ですよね。
ご自分で
「東大法学部で国家公務員上級試験にも受かっていて、成績は全優、しかも自宅生という条件の学生が経団連を志望することはまずなかった」
と言いきってしまうところにシビれてしまいますが、このエピソードの本質はそんなところにはなくて、1980年代前後において、丁度まさにその頃に締結された「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」を、日本の経済界の総本山である経団連が見事に破ってくれていた、ということでしょうか。
長谷川氏や米倉氏がまだ「若いオジサン」だった頃、ほんの30年くらい前の話なんですよ、これ。
経団連でこういうことが行われていた時代に既にオジサンだった方々が、本心から「女性活用!」とおっしゃれるものなんでしょかね。
政権が変わったり経済環境が変わって、経団連がまた逆走しそうになったなら、片山先生におかれましては、何十回でも経団連にこのエピソードを指摘して頂きたいと思います。


今、最も高らかな声で、
「女性の活用こそが成長戦略の中核だ」「抱っこし放題の育児休業3年」「待機児童を5年でゼロ」「上場企業に女性役員を1人」
とリベラル全開で言っている人と言えば、他でもない、憲法改正主義者にしてタカ派であり保守派の領袖であり、「リベラル」という形容詞が最も似合わないと思われる安倍首相ですが、彼こそ、最も安全な地帯にいる方かもしれません。
「閣僚のせめて3分の1は女性を任命」「衆参の選挙の立候補者も同様に女性を3分の1、比例代表の名簿も最低3分の1は女性で」と、「先ずは隗より始めよですよ」と誰か側近の方、安倍首相に進言しては如何でしょうか?
それでも、安倍首相が、盤石な安全地帯に留まることは確実なんですね。
安倍首相ご自身の事だけではありません。
調べたわけではありませんが、前掲の長谷川氏にしても米倉氏にしても、ワーキングウーマンの娘や嫁がいるかもしれませんし、また孫の世代が既に会社で働いている年頃でしょうから、経済団体の長として日本の企業に影響を及ぼす彼らの発言が、子どもや孫にも影響を与えるでしょう。ですから、女性が働くことや、働きながら子育てすることに関して、多少の想像力はあると思うのです。能力と意欲のある孫娘が「おじいちゃんの会社で働きたい」と言った時、武田薬品住友化学で女性として働くことはどういうことか、どういう困難が待ち受けているか、という想像くらいはできるでしょうから(両社には、まさかマタハラはないと信じております)。
しかし、安倍氏昭恵夫人と二人家族。
想像力はどの程度まで及ぶのでしょうか?
「抱っこし放題の3年育児休暇」発言で既に馬脚を現していますけどね。




上述の、無邪気で高揚した「女性活用」発言に対して、第二のポジショントークは、あまり大声では語られません。
けれども、ネット上ではひたひたと発言されています。

子育て社員は甘やかされるどころか、優遇されている

職場にシングルマザーがいる

時短社員に"殺されない”ための処方箋|ノマドドクターXは見た!

子持ちの兼業主婦の方には大変申し訳ないけど…

(「はてな匿名ダイアリー」の場合、投稿についているコメントも興味深いです)

リンクに増田が多くなってしまいましたが、それは建前(「女性活用」は良いことである)ではなく本音(実際しわ寄せを受けるのは、誰になるのか)の部分は、大きな声では発言できない社会の雲行きになっているからだと思われます。
増田は匿名の発言ですから、女性か男性かはわかりませんが、男性だった場合、こういう発言をしている彼らの世代は、既に学校で、「女性の生徒会長」もいたでしょうし、会社に入ってからも「女性の同期」の存在は当たり前で、場合によっては「女性の上司」も普通の世代です。
50歳代のオジサンや、もっと上の世代の経済団体のトップの方々と違って、彼らは身を以て文字通り「女性と肩を並べて」仕事してきたわけです。
彼らは、自覚がないくらいの高いレベルで既に十分「リベラル」なのだと思います。
彼らの世代で、殊に急進派は育休をとったり、イクメンと呼ばれていたりします。
そこまで急進派でなくとも、オジサン世代と比べると、既に自然体でリベラルだったわけです。
ところがここに来て、その彼らのリベラルさが現実の厳しさの前に崩れようとしているのです。
その原因は、自らは安全地帯にいる我が夫の世代や、これまた上の世代が、自分たちはスルーしてきたことを若い彼らの世代には課そうとしていることにあるのですから、何とも皮肉です。
彼らは、既に十分リベラルであるのに、安全地帯にいるオジサンが高らかに唱える「女性活用」のために、更なる犠牲を強いられる立場になってしまっているのです。


上述の二つの「ポジション」をお一人で体現している例があります。
数年前に、お嬢様が某有名企業に就職が決まったお母様とお話したことがあります。
就職氷河期の厳しい時期でしたが、某有名私立大学出身のお嬢様は見事某有名企業に就職が内定し、それどころか就職活動中に知り合ったやはり某有名企業の内定持ちの男子学生と婚約までして、就活と婚活を一度に済ませた、という誠に親孝行な、誠におめでたいお話だったのですが、勿論、
「産休制度も、育児休暇も充実している会社で良かったわ。娘は仕事が好きだから、『子どもが出来ても勿論働く』と言ってるもの。」
とおっしゃっていたのです。
今日び、女の子といえども男子と同じ条件で厳しい受験競争を勝ち抜いて大学に入学し、そして就職するのですから、母親としても、娘が結婚や出産で退職するなんてことは微塵も考えていらっしゃらない様子でした。
ところが、数年経って最近、今度は息子さんが研究職として某機関に入ることが決まったとのこと。
その際に、先輩(男性)からアドバイスを受けたそうなのです。
「結婚したばかりの先輩女性がいるセクションは絶対に避けろ。すぐに妊娠して産休に入って、彼女がやっている仕事や雑事の処理がお前に回ってくる。そうしたら、忙し過ぎて自分の研究なんて出来なくなる。そうやって潰れた先輩を何人も見てきた。」
と。
ところが、息子さんが配属されたセクションは、一人どころか三人も先輩既婚女性がおり、そのうちの二人は既にお腹が大きいとか。
「どうして、生まれてくる子どものために仕事を辞めないのかしらね?同じ部署の男性社員に迷惑がかかることがわかってるじゃないの。」
と憤慨して話す件のお母様は、別に多重人格なわけではありません、どちらも正直な本音なのだと思います。


事程左様に、この問題は複雑です。
産休や育休や時短で職場に穴を空ける女性社員の分まで仕事を課されたり、「クォータ制」かなんかが成立した暁には「女性だから」という理由で自分よりも仕事ができない女性に昇進を奪われてしまったりするかもしれない、現実に「女性活用」の波をどっぷり被る立場にいる若い男性にとっても、例えば彼らの妻もまた別の職場で、産休をとる立場になり、時短で働く立場になり、「女性の管理職が必要だから」と同期の男性を差し置いて昇進する立場になるかもしれないのですよね。


オジサンや経済団体のトップに限ったことではなく、誰しもが、この問題については、自分の「ポジション」(「立場」という意味で)でしか、考えることも発言することもできないので、ちっとも議論の出口が見つからないのではないかと感じられます。
大体、「少子化」ということがなければ、オジサンたちは本気で「女性活用」なんて言い出したかどうか。
このまま「少子化」が進むと(←そういう社会にしたのは、このオジサンたちでもあるのですが)、自分たちの老後の社会を支える現役世代が少なくなる、という危機感が、彼らをかくも熱心に「女性活用」に向かわせているのではないでしょうか?
深読みすると、もし「少子化」が他の形で解消されるのならば、オジサンたちは本気で「女性活用」なんてする気はないとも思えますね。


思うに、これはもっともっと大きくて、かつ根の深い問題なのです。
「女性活用」とオジサンたちが口にしたくらいで「少子化」が解消され日本の経済が浮揚するのなら話は簡単ですが、その「女性活用」という言葉自体が、総理大臣が言い出した途端に、硬直してしまうような今の日本です。
「女性活用」とは茫洋たる命題であり(除く、安全地帯にいるオジサン)、これは「人生観」とか「日本人としての生き方」とか、気が遠くなるような様々なこと、に関係してくるような気がします。
仕方ありません、欧米では実現している「女性活用」ですが、日本は長らくそれに向き合うことを怠ってきたのですから、そのツケを今払って、時間がかかっても何とか実現できるように出口を探すべき時なのでしょう。


この問題に関して唯一「ポジション・トーク」できない関係者がいますよね。
それは、子ども。

少子化」の救世主であるはずの一人一人の子どもですが、子どもの「ポジション・トーク」ってどんなものになるんでしょう?

ボク/ワタシの妊娠がわかったと同時に「保活」(←これが普通になっているのが異常)に駆けずり回ったママ。奮闘の甲斐なく認可保育園は選漏れで、園庭もないビルの谷間の認可外保育園。小学校入学後は学童。パパもママも保育園のお迎えを必死にやってくれるのだけれども、会社から保育園まで電車に揺られての一時間プラス、ママチャリ15分。好きで病弱に生まれてきたわけじゃないけど、すぐに熱が出たりお腹下したりするボク/ワタシのために疲れきっているパパとママ。ママのお給料は全て保育料に消えてしまうから、弟か妹が生まれてくるのは、とても無理みたい。「和食」が世界遺産になるらしいけど、ウチの家族の団欒は、セブンイレブンのおでんか、ファミレス。小学校入学後は、学校と平行して塾通いがフツーらしいし、グローバル人材目指して英会話教室も必要らしい。ぼ〜っとする時間すらない子ども時代。変質者がいるから、子どもだけで公園で遊ぶこともままならず、ゲームやネットの世界だけが安息の場。イジメや体罰を乗り越え、受験、受験を乗り越えて大学を卒業しても、正社員になれる確率はどれだけ?ブラック企業にハマらない確率はどれだけ?会社員生活はボク/ワタシには向いてなさそうなんだけど、農業は先がない、漁業も先がない、林業も先がない世の中。これと言って才能がないボク/ワタシはどうやって生きていけばいいのか。ファスト風土化した地元に拠り所もない。それでも引きこもりやニートにならずに、ちゃんと大人になって、ちゃんと働いて、ちゃんと税金や保険料を払って、ちゃんと上の世代を支えなきゃ・・・


なんて思えるでしょうか、これから生まれてくる子どもたちは?

食べるものに困るわけでなく、ハイテクな電化製品が家には溢れ、小学生の子どもまでスマホを持つこの「豊か」な時代ですが、もし自分が子どもだったら、今の日本に生まれてきたいと思うかどうか。
そもそも子どもが安心して育てられる社会環境があってはじめて、女性が仕事に専念できるのでは?
何か事件があると提起される(そして時間が過ぎると忘れられてしまう)子どもを取り巻く様々な問題全て、を解決もしないで、高らかに「女性活用」をぶち上げるのは、どれだけお気楽なことでしょう。


全くの思いつきなんですが。
上っ面だけの「女性活用」発言をする俄かリベラルのおじさんたち向けに、「一週間、通勤時間1時間半の郊外に住む子持ちママになってもらう」というインターンシップ制度を導入する、というのはどうでしょうか?
0歳児コース、幼児コース、小学生コースの中から選択してもらって、一週間、働く女性の生活を実体験として知ってもらうわけです。
勿論、インターンシップ期間中に抜き打ちで、「急な発熱でのお迎え」「中耳炎で一週間の病院通い」「小学校のPTA役員決め」と、「急な残業」「急な出張」「急な接待」との組み合わせも実施される、ということで。
俄かリベラルなオジサンたちはインターンシップで「働く母」を実体験するわけですが、インターンシップ上の「夫」の育児・家事参加は、統計調査通りに、育児は一日30分、家事は43分以内*1に制限して、残りは「働く母親」としてインターンシップ従事者にやっていただかねばなりますまい。
こういったことでも行わない限り、真の「女性活用」のための問題点は、俄かリベラルおじさんには理解できなくて、いつまでも高らかに「ポジション・トーク」をすることを止めないんじゃないかと思うんですが・・・。