大学入試センター試験の自己採点集計を私企業である塾・予備校がやっているのは何故?


企業というものはどんな業種であっても、自社の事業に関して重大事故は勿論、過失があったり消費者に誤った情報を与えていたりお客様の不利益になるような事態を招いた場合は「お詫び会見」というか「謝罪会見」を行います。
例えば、

福知山線脱線事故を起こしたJR西日本



昨年のPS3個人情報流出事件の時のSONY



ユッケによる食中毒死者を出した焼肉店社長の土下座



そして記憶に新しいのは、福島原発事故を起こした東京電力

企業だけではなく、警察や検察だって、自らが行ったことが間違っていたならば、「謝罪会見」を行います。



足利事件でえん罪で刑に服した菅家に謝罪する栃木県警本部長(上)と宇都宮地検検事正(下)


然るに、私企業でありながら、「情報」を売りにしていながら、国民の生活を大きく左右するような間違った情報を流したのにも拘らず、全く反省、謝罪、謹慎の色なく、厚顔無恥に毎年同じことを行っている業種があります。その業種とは、塾・予備校産業です。

お受験と呼ばれている小学校受験、親の不安を煽る中学校受験、高校全入時代の高校受験、に関係する数多の塾産業はこの際置いておいて、大学受験、それも終わったばかりのセンター試験について、「教育産業」という名の塾や予備校が何をしているかを冷静に考えたいと思います。

以前にも書いたことですが、センター試験そのものは、独立行政法人大学入試センター」が行っていますが、センター試験による大学受験の仕組み」は今や大手予備校なしには回らない状態になっています。
受験生はセンター試験後すぐに自己採点しますが、この自己採点をする時の解答でさえ、参考にする解答は、大学入試センターが出す解答ではなく、それよりも早く各予備校が競って出す解答・配点速報ですし、既に各高校には、センター試験自己採点を集計するために各予備校から用紙が配られていて、現役受験生は自分で採点した点数をそれに記入し、各予備校の集計結果による「ご託宣」を待つ仕組みになっているのです。教えることにかけてはベテランの高校の先生方も、52万人(2012年)の受験生の中で、担任している生徒の成績がどのくらいの位置にあり、志望大学の足切り通過が可能かどうかは判断できません*1から、予備校が行う自己採点集計システムや予備校の資料に頼るしかないのです。
国立大学への入学がかかっている入試システムが私企業の手を借りないと成立しない現状は国辱もの、というか異常な状態ではないでしょうか?

センター試験前の対策から自己採点後にかけての出願校決定、出願、受験に関する 指導のポイントや生徒用・保護者用資料などクラス担任先生に必要な情報をご提供 します。

これは、駿台・ベネッセのセンター試験大学入試センター試験 自己採点集計 データネット2012」の中の高校の先生向けの文言ですよ*2。他の大手予備校も各予備校に通う生徒から自己採点結果を提供させるだけではなく、殆どの高校に営業的に食い込んで高校ぐるみで参加してもらうようになっています。というのも高校の先生は、担任している生徒の進路を独力では決めてやれないのです、上記のような慇懃無礼なセールストークに乗ってこの予備校のシステムを利用する、否、利用させて頂かなくては進路指導さえできないのです*3
国立大学の受験であるのに、私立高校ならまだしも公立高校であっても私企業である予備校に頼らざるを得ないという、異常な事態になってもうすでに久しいのです、スマートフォンで解答速報が見られるようになったのは流石に今年からだと思いますが。

↑東進予備校のセンター試験解答速報のスマートフォン対応の画面(独立行政法人大学入試センターに何故これができない!?)

・・・という、本邦の国立大学入試制度のかなり嘆かわしい現状はさておいて、最初に書いたように、予備校も私企業であるからには、いえ私企業だろうがなかろうが、間違いをおかしたら、お客様に迷惑をおかけしたら、謝罪が必要だと思うのですね。
ところが、塾・予備校というのは、そこで勉強した受験生が合格していく一方で、必ず不合格になる受験生も生み出しているわけですが、「不合格だった受験生にお詫びした」、という話は聞いたことがありません。塾や予備校の先生が「すまない、指導力不足だった。」「進路指導が誤っていた。」と頭を下げた話も聞いたことがありません。


例えば、正にこのセンター試験の成績を各受験生が予備校に送って判定して貰う「センター試験自己採点集計システム」です。三大予備校はそれぞれ、各大学の足切り最低点を予想するのですが、予想が大きく外れても謝罪することは決してないのです、それで受験生を迷わせ進路を大きく左右してしまっているにも拘らず!!!

そもそも何故この集計、国立大学の入学試験に関する重要な集計を私企業がやるのでしょうか?しかもご存知でしょうか?この極めて短期間でセンター試験のデータを集計し、各受験生の志望大学毎に合格可能生まで(勝手に)計算してくれて返送するサービスに受験生が払う費用はゼロ!無料なのです!!!(郵送の場合のみ郵送料実費)私企業にできることがどうして大学入試センターにできないのでしょうか?そして「タダのものなどない」「タダほど高いものはない」というのが真実であるように、営利企業である塾・予備校は勿論これを慈善事業でやっているわけではないでしょう。この集計システムには多大なお金がかかることは想像できますが、これを三大予備校がそれぞれ「無料」でやっているのは、もしかしたら「無料」でやっているのだから、間違った情報、誤った情報を提供していても、後から検証する必要もなければ、その情報を信じた受験生に対して責任を取る必要などないと考えているのかもしれません。
各予備校は足切り最低点をどのように予想したか、そして実際はどうだったのか、予想はどれくらいの精度だったのか、どこの予備校の精度が高かったのか、は毎年検証されないままなのです。合格した受験生は過ぎたことに関してそんなことをする必要はありませんし、不合格で他大学に進学した受験生はそんな過去を振り返っても一文の得にもなりませんし、不合格で浪人した受験生は予備校での新学期が始まりそれどころじゃありませんし、高校の先生はそもそも多忙で且つ予備校の助けなしには進路指導できないのですからはなからそんな検証などやりません。
ということで、もう受験生の母ではありませんが、誰もやらないので私が老骨に鞭打って検証してみました。

赤字の実際の最低点に対して、
プラスマイナス5点以内の予想だったもの→◯
5点以上高く予想していたもの→△  
5点以上低く予想していたもの→▼

代ゼミ 駿台・ベネッセ 河合塾 実際の足切り最低点
文科1類 △725 ▼690 ◯701 706
文科2類 ▼729 ▼730 ◯739 738
文科3類 ◯743 ◯745 ◯748 742
理科1類 △747 △740 △735 729
理科2類 △738 ◯705 △725 708
理科3類 △747 ▼670 △736 727
後期全科類 ?720 ?715 ?714 716

※後期全科類は800点満点換算

実際の足切り最低点はここで見られます→http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/pdf/bosyuuH24.pdf ←p.49の別紙5


誤差を10点の範囲内、つまりプラスマイナス5点まで許すとして、表を縦に見ると、代ゼミは東大の理系全部と文科1類を受験しようとしていた去年の受験生には是非、「最低点を高く予想し過ぎた結果、弊社の情報を信じて『こんなに足切り予想が高いのなら自分の点数では無理だ(実際は足切りクリアできたのに)』と東大前期出願を見送った方がいらっしゃったならば心からお詫び致します。」という「お詫び会見」が必要ですし、文科2類志望だった受験生には、「実際の足切り点よりも9点も低く予想してしまいました。弊社の情報を信じて『自分の点数で足切りクリアできる』と出願して、足切りにあってしまった方々に衷心より謝罪申し上げます。尚、それによって生じた損害については一切の責任を負いかねます。」という「謝罪会見」が何故なされないのでしょうか?駿台・ベネッセ連合についても、河合塾についても同様です。
後期の足切り予想ですが、一見どこの予備校も実際の足切り点に近い点数を予想しているように見えますが、これは全くの偶然で、こんなもの予想できるものではないのです。何故ならば、後期の足切りとは、「後期日程での第1段階選抜の倍率は,全出願者のうちから本学の前期日程合格者を除 外した後の出願者に対して実施する倍率(約5.0倍)である。」*4ということですから、前期合格者のセンター試験の点数分布に大きく左右されるということであり、これは前期試験が終わってからでないと絶対に予想できないことで、それをセンターが終わった直後に予想(する振りを)してみせる、という事自体が胡散臭いことなのですよ。

各予備校が一番力を入れているはずの東大の足切り点予想ですらこのいい加減さですから、他の大学など推して知るべし、です。でも現状が続く限り、予備校は「センター試験自己採点集計システム」という不確かで無責任な予想を勿体ぶって垂れ流していくことでしょう、「受験生の進路を左右する」という重大な責任を感じることなく、予想が大きく外れても検証は行われず「お詫び会見」も「謝罪会見」も行われることなく。このセンター試験というシステムの中で、受験生や高校に対して影響力を行使し続けるために、何より「お商売」のために。

昨日の新聞のセンター試験解答速報のページに隣接して、河合塾がここ数年と同様

「自分の夢まで自己採点しないでください」*5

という広告(一面広告にどれだけ広告料がかかることか!)を出していましたが、これは所謂「お前が言うな!」というヤツで、

「受験生一人一人の夢を『センター試験自己採点集計システム』で勝手に集計して無責任に誘導するのはやめてください」

と言いたいですね。


今現在受験生世代である高校生や浪人生にとって、塾・予備校が仕切る「センター試験自己採点集計システム」を利用しないという選択肢はなく、必要悪として利用せざるを得ないとしても、これだけは言いたいのは、

自分で納得できる受験をしてほしい

ということです、河合塾のコピーとは違いますよ!営利企業である塾・予備校の情報だけを鵜呑みにして自分の進路を決めないでほしいです。塾・予備校が返送してくる、あなたの自己採点と志望大学合格(足切り突破)可能性を数値化した数字が並んでいる紙の上だけで、ぬか喜びも諦めもしないでほしいのです。予備校に提供された情報を使うのはいいですが、振り回されることなく、どういう受験をしていくかを自分で決めてほしいと思います。大体、「合格可能性80%」だったら受験して「60%」だと志望変更するのですか?この数字自体がいい加減ですよね、「合格可能性80%」ということは「不合格可能性20%」なんですよね、小さくない数字です。そう思うと「60%」の方が余程大きな数字に見えてきます。しかもこの集計システムは、元々の数字が個人の「自己採点」の集まりであり、本人がマークミスした自覚がないまま提出している数字かもしれないのですよ(4月になってセンター試験の成績開示したら、センター試験の得点が自己採点とは違っていた、というのはよく聞きます)。となると、自分で納得して決断するしかないのです。そして一度決断したらば、潔く志望校一つ一つの受験を納得してこなしていってほしいですね。



受験生に負担を強いるローテク受験システムについて、先日のエントリーで書いたのですが(平成24年度センター試験前夜 斜陽の国では入試改革はできないのでしょうか? )、受験生には、そしてこれから受験生になる世代には可哀想ですが、この国ではこの先当分の間、広い視野と長いスパンを見渡しての「教育システムの再構築」(受験制度を含む)というものは財政的にも政治的にも人材的にも無理かもしれないと、悲観的になってしまいます、子どもの世代には申し訳ありませんが、
現状既に借金まみれで「板子一枚下はギリシャ」という財政、
選挙権がない子どものための政策は票にならないので後回しという政治家たちの政治、
小学校から大学まで私立、という元総理がいたり、二世議員が多い政治家にはそもそも教育システムの問題点さえ実感できないという人材払底、
を考えると・・・。


今日の朝日新聞の社説は、一応

センター試験 複雑さ、もう限界だ

というものでしたが、これさえも「大人のやる気のなさ」が測らずも露呈していました。書いている本人も、今年の変更点や制度の問題点については今まで知らなくて、この社説を書くにあたって調べたのではないかと思える底の浅さです。

1回聞いただけでは、のみこめない複雑さだ。それが混乱を招いた。周知期間も半年では短すぎた。

とありますが、これは正確ではなく、正しくは、

受験生は完璧にこの変更点を理解して受験に臨んでいた。理解していなかったのは、試験場で実際にセンター試験を実施する各大学の教員だった。

というのが事実でしょう。また、

なぜ、こういう仕組みになったのか。(中略)科目選択の幅を広げてほしい。そんな大学側の要請にこたえたのだ。

というこの箇所も正しくないと思います。「大学側の要請」ではなく、高校側の、特に世界史や地学を教える先生方からの要請であることは明白です(勿論受験生からも「世界史と日本史の両方を選択したい」「物理と地学を選択したい」という要望もあったと思いますが、そもそも受験生の希望など反映されているはずもないですから)。受験者数等統計資料及び本試験等平均点一覧という、大学入試センターのサイトにある科目別受験者数を見れば、高校の世界史や地学を教える先生方の危機感が理解できますよ、過去この2科目を選択する受験生が減っていることがわかります。
つまりマスコミだって、「教育」や「大学入試のシステム」については、真剣に取り上げ論議を提起していくという、本来のマスコミの役割など果たす気などないのでしょう。この社説の最後の文言は、

(前略)もう一度真剣に検討したい。もちろん、変えるときは十分な予習時間をとろう。

ですからね。受験生にとってはこの上なく重大なこの問題を論じる文章の終わりにもってきた「予習時間」という言葉を、筆者が気の利いた言い回しと考えているのならば、もうため息しか出てきません(ここでもう一度「お前が言うな!」と言わせてほしい・・・)。

*1:とは言いながら、大学入試センターから公表されている平均点などの資料と各大学が出している過去の入試状況から判断できると、私は思いますが。

*2:http://dn.fine.ne.jp/dn/b/002/center/dl/DN2012_schedule.pdf

*3:「センター試験」雑感 大学入試は今のままでいいのでしょうか?

*4:http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/pdf/bosyuuH24.pdf の後期日程のページ

*5:これは現役時代から河合塾に通い、浪人して東大に入学した筑駒卒業生であるコピーライターの作だそうですが。※参考