続・お金を使わずにお洒落に見える方法 ブランドバッグの正しい持ち方


東京の街を歩いたり、電車や地下鉄の中で思うのは、何故ギネスに載らない?ということです。何がかと言うと、

街を歩いている人100人あたりのルイ・ヴィトンのバッグ率。

定番モノグラムは勿論、ダミエの多さは世界一ではないかと思いますね。本家パリでも東京の10分の1以下ではないでしょうか。
しかし同時に私は思うのです。ブランドバッグの持ち方がお洒落ではない、即ち、西洋のファッション文法に則っていないのではないか、と。
某ショップの「Cher」というロゴのついたエコバッグや、某総菜屋の「Dean&Deluga」のトートバッグに比べて、ブランドバッグは価格が100倍するのですから、100倍お洒落に見えなくてはならないはずなのに、そうは見えませんよね。ファッションに疎いおじさんなら、ヴィトンもCherも「何か最近女の子がいっぱい持っとるな。」としか思わないでしょう。それでは、ブランドバッグが浮かばれないというものではありませんか!
大抵、ヴィトンのバッグを持っている人は、そのヴィトンのバッグを毎日持っているのだと思います、その日のコーディネートに関係なく。その理由は、
1.大学入学のお祝いに/就職お祝いに/ハワイに行ったおばさんのお土産で/貰った一番新しいバッグだから。
2.最近のお気に入りだから。
3.ヴィトンを持っていれば間違いないから。
4.どんな服にでも合うから。
なのでしょう。
OKな理由(1と2)も、NGな理由(3と4)もありますが、先ず、その前に今一度原点に立ち返って、肝に銘じなくてはならない重要な事実があります。誰しも出かける前に鏡の前でファッションチェックをしますよね。その時にそもそも

西洋人はバッグを最後に選ぶ

ということです。何故か?驚愕の事実ですが、それは、

西洋人は靴を履いたまま鏡を見る

からです。それに引き換え、我ら日本人はどうでしょう?クローゼットやドレッサーのの鏡でチェックしても、その時には、

日本人、靴は履いていない!

のですよ。だって日本人は太古のいにしえよりとても綺麗好きなので、

家の中は土足じゃない

ですからね。
靴を履いていない状態で鏡の前でファッションチェックをして、「これでキマリ!」と玄関で、余り深く考えることなく、
たまたまそこに出ていた最近お気に入りの靴か、
昨日履いた靴か、
雨が降っているから新しい靴じゃない靴、
とかを履いて出かけるのではないでしょうか?
私は長年個人的に
どうして、こんなにお洒落に関心が高い日本人女性が、靴とバッグの色合わせに関しては無頓着なのだろう?
と考察を巡らせていたのですが、或る時ムスメの行動を見ていて、はた!と膝を打って了解したことでした。服を選んで、お気に入りのバッグを持って、鏡の前で巻きものやらピアスやらはとっかえひっかえして、やっと納得のいくコーディネートになったと思ったら、玄関で昨日履いていたサンダルを無造作に履いてそのまま出て行こうとするムスメ!ちょっと待った!「何でそのサンダル履くの?」と恐る恐る聞いたところ、「だって長く歩いても足が痛くならないのはこのサンダルなんだもん。」とのご託宣。さっきまでの入念かつ真剣なコーディネートは何だったのか?
欧米人は服を着た時に既に靴も履いていますからね。そして最後にバッグを選ぶから「ハズレ」がないのだと思ったことです。
靴が先に決まっていると、バッグの選び方が違ってくると思うのです。やはり常道というか王道は、繰り返し言って恐縮ですが(参照拙ブログお金をかけずにお洒落に見える方法)、

靴とバッグの色を揃える

ことになるでしょう。上級者編として、服の一色をバッグもしくは靴に持ってくる、という手もありますが、これはなかなか難しい。いずれにしても、鏡で靴とバッグを含めた全身をチェックして、色の配分や統一を考えて頂きたいものだと思います。

では、先に靴を含めて全身をコーディネートした場合、最後に選ぶバッグにブランドもののバッグを選ぶ、というのはどういうことになってくるのか?という問題に(やっと)入りましょう。
例えば、ヴィトンのモノグラムやダミエは茶色だから茶色の靴を合わせればいいか、というとそうでは全然ない。やってみたらわかるけれども、却って、変!
では、ブランドバッグはコーディネートの中でどう在るべきか、というと、一言で言うと、

画竜点睛*1の「点睛」、即ち最後に描く龍の瞳、

であるものなのです。バッグを除いた全身のコーディネートに、最後に加えたバッグの力で、そのコーディネートを劇的に変えるもの、であり究極のスパイス、であり、異化作用をもたらすもの、と言えるでしょう。
わかりやすい例を一つ挙げてみます。


黒のタートル、黒のミニスカート、ナイロンの黒のトレンチコート、黒のタイツに黒のパンプス。いわゆる「黒ずくめ」の格好です。これにどんなバッグを組み合わせますか?
赤やピンクのバッグをアクセントに持ってきますか?でもそれでは唐突すぎやしませんか?その原色のバッグだけが「悪目立ち」してしまいます。
「靴が黒だからバッグも黒。」これが一番常道です。悪くありません。誰にも後ろ指指されることは絶対にありません。でも面白みがないのです。
ジャーン、そこに例えばヴィトンのダミエのショルダーバッグを持ってくるとどうでしょう?白とグレーのAzurではなく、焦げ茶の市松Ebeneの方。

途端にこの「黒ずくめ」のコーディネートがバッグによってものすごくお洒落にシックになったと思いませんか?黒ずくめの格好ももう「お通夜」の帰りには見えません。それどころか、一見地味なトーンの組み合わせなのに、このヴィトンのバッグが全体の印象をガラリと変える力を持っていて、いわゆる「地味派手」=「Chic』になりますよね。この「地味派手」って、実は「侘び寂び」とか「粋」に通じる気がするのは私だけでしょうか?しかも、この美意識は、私の知る限り、日本人とフランス人だけが持っているもののような気がするのですが。


もう一例。これはパリのギャラリー・ラファイエットの1階で実際に見たブランドバッグの絶妙な使い方なのですが。
30代の女性。洗いざらしのデニムにグレーの霜降りのぴちぴちTシャツ(お臍が見えそうな)。ベージュのトレンチコートを無造作に羽織っていました。・・・これだけだと、単に地味、というか、何のスパイスもない普段着ですよね。ところが彼女が手に持っていたのは、
Diorのモノグラム、ミニミニボストンの紺色、

でした。すごく小さなボストン型のバッグなのです。80年代に流行ったモノグラムのヴィンテージかと思ったのですが、それを目撃した後、即、上の階のDiorに行って探したところ、復刻版は、バッグの取っ手の部分に「Dior」の文字をあしらった金属(金と銀と2パターン)が付いているところが、これまた心憎いほどに「今風」なのですが。幼稚園児が持つ幼稚園バッグよりも小さいのにボストン型のそのバッグは、大人の女性が持つと、否訂正、大人の女性が持つからこそとても可愛いのです。そのバッグ一つで、彼女のシンプルな格好がもの凄くシックになっていたのです。これこそが、ブランドバッグの持ち方、なのだと思いました。


どうですか?親戚のおばさんのハワイ土産のヴィトンも、大学の入学祝いで買ったグッチも、ママのお下がりのシャネルも、もう一度その使い方を見直してみたらどうでしょう?ただでさえ、ブランドバッグ率は高い日本です。石を投げればヴィトンに当たる、そんな中で他人に差がつくこと間違いなし、だと思うのですけど。