茶人への道 ⑦ @増上寺の春の嵐のお茶会

昨夜来の台風を思わせる暴風雨の中、今日は今年に入って二度目の、

堀内宗心宗匠と同じ空間で空気を吸わせていただいた(一瞬だけれど)

一日だった。

毎年4月2日には東京は芝増上寺宗匠のお献茶の式が行われる。
春の嵐に見舞われた増上寺と桜と東京タワー)
それに合わせて薄茶席、立礼席、拝服席などが、各長生会持ち回りで設けられるのだが、私の属する長生会も今年お席を一つ持つことになったので、末端の末端のそのまた末端の私も「お運び」*1でお手伝いさせて頂いた。
そこに、お献茶を終えられた宗心宗匠が、他の宗匠方とご一緒に見えられた、ということなのだけれども。

本物の「カリスマ」とはぎらぎらしていないものなのだ、と思う。
寧ろ「ぎらぎら」とは対極のところにある「到達した静けさ」のようなものから醸し出されるものなのかも。
宗心宗匠はご高齢で少しお腰も曲がっていらっしゃるかもしれないし元々小柄なお方である。
けれども一旦宗心宗匠がその空間に入られただけで、空気が変わる。
それは何と形容したらいいのか。


例が適当かどうかわからないけど、私が連想するのは昔予備校にいらした英語の先生。
その先生も当時お歳は80歳を超えていらしたと思う。
小柄なジェントルマンでご病気のせいで声もマイクを使ってやっと聞こえる、という感じ。
だけれども、他の若くて声も大きく威勢の良い冗談も飛ばす先生の講義なんかよりも教室ははるかにびっしりと生徒で埋まり、一旦講義が始まるとまさに「水を打ったような静けさ」で全員が講義に聞き入るのである。
それは何故かというと、その先生から溢れ出る知性と博識と「英語を生徒に教える」という熱意が理由だったと思う。
生意気盛りの高校生や浪人生を、咳をするのも憚られるような静かで従順な羊ちゃんに変えてしまう力がその先生にはあった。


宗心宗匠もそこにいらっしゃるだけで、何もおっしゃらなくても存在だけで、「これからも茶人として日々精進せねば」と自然に思わされるような赤外線オーラ(じっくり沁み入る、の意)を出していらっしゃるのである。

さて。
私が(末端)×(末端)×(末端)で働いていたお席は、総勢70名弱で担当していたのであるが、御歳90歳と89歳のツートップの先生お二人が仕切り、80歳代の先生でもまだ「部門長」くらい、70歳代で「一人前」、60歳代で「若手」、50歳代で「若輩者」、で50歳以下は、「茶人」としてカウントされていません(含む、私)。
で、上は前述の90歳の先生から、下は20歳代のお嬢ちゃんまでの女性の集団で、ストリクトなまでに「年功序列で、一つの事を成し遂げる、ということは他にはないんじゃないかと思う。
「若者が年寄りに敬意を払わない」とお嘆きの皆様、是非「茶の道」にお入りあそばせ。
ここには、厳然たる「年功序列」が存在します。私なんて、こっちで或る先生に「あなた○○はこうしてね。」と言われたら、「はい、わかりました!」と答え、あっちで「○○はああしてね。」と言われたら、「はい、わかりました!」と答える末端中の末端である。
お茶の世界では、本当に年長者ほど尊敬される。
また年長者はそれだけの貫禄をお持ちである。
しかし老境に至ってから茶の道に入っても遅いのである。←ここが肝腎。
でも今のニッポン、人生のどこで立ち止まって、糧を稼ぐ以外のことに思いを巡らすことがあるだろうか?
24時間忙しい現代では、強い本人の意志がないと、稽古やら茶会やら、「ビジネスモード」とは違うモードで動く「茶の道」に入ることさえなかなか難しい。
だからこそ、21 世紀第一線で活躍する人々に是非、戦国武将も嗜んだ「茶の道」に足を踏み入れてほしいのだけれども。

*1:お茶用語:大勢がお客様となる広間などの茶会で、水屋で点てたお茶をお客様まで運ぶ係のこと