「受験アドバイザー」和田秀樹氏の記事を読んで雑感

どれくらいの期間続いていたかちょっと思い出せないのですが、朝日新聞の「声」欄にずっと「リレーオピニオン」という連載があり、「子どもと受験」というテーマで暫くの間続いていました。聊か旧聞に属するのですが、7月3日の、「灘高、東大医学部出身の精神科医で受験アドバイザー」(原文のまま)和田秀樹氏の回を読んでの雑感。


見出しが「中学受験をすれば能力があがる」ですからね。この方は何もわかっていないとしか思えません。

いまの中学受験がぼくらのころと違うのは、「お受験パパ」がいることです。彼らは時分が私立の中高一貫校出身で、自分にも受験経験があるから、ノリノリで子どもと勉強しちゃうんです、

確かに、開祖三田誠広の「パパは塾長さん」*1、そして教祖石原千秋先生による『秘伝 中学入試国語読解法』*2、息子の受験の時に拝読させて頂きました。そして今ちょっとググれば、ネット上には「お受験パパ」が溢れています。一番びっくりしたのは、ブログの名前に「受験」と入っているのですが、それを書いている若きパパの息子はまだ0歳、というものまであるのです!まだお座りができない息子に、子どもチャレンジを頼み、プレジデントファミリーを年間購読なさっているのです(余りの痛々しさにトラックバックしません)。はっきり言って、
子どもが可哀想!
ありえません!そして和田秀樹氏も「お受験パパ」の一門に連なるのであり、風の噂、否、ネット上の情報では、二人のお嬢様は、中高一貫校女子御三家に入学なさったそうで、プレジデントファミリー2007年5月号*3には桜蔭に入られた下のお嬢様とのツーショットが出ているとか。上のお嬢様の大学進学先については、ネットでは色々言われていますが、信憑性について確認できないことなので、私は詮索致しませんが。
でも、私は「お受験パパ」が昨今増えていることについては、和田氏の説でなく、他の説も聞いたことがあります。

実例:バブル期に学生時代を都内OK大学で過ごし、サークルの同級生で才媛の誉れ高い彼女と付き合っていた彼(後のお受験パパ)だったけれども、入社した商社で、小学校からエスカレーター式の女子校でそのまま短大卒のとっても可愛い2期下の女性の猛アタックを受け、大学時代の彼女を手ひどく捨てて結婚、二男一女に恵まれる。ところが長男を中学受験をさせようと思った時、妻の「偏差値って何?(それ、食べられるの?←とは言わないけど)」という発言にショックを受け、以後子どもの受験はパパこと彼が一手に引き受けている

というケースが結構あるらしいんですけど。同級生たちは、仕事をなおざりにして「お受験」の情報収集及び子どもの短期/中期/長期勉強計画を奥様任せにせず自ら作成する彼のことを、「自業自得」と言っているらしいですけどね。
「お受験パパ」には、そういうパターンが結構多いと思いますよ、実感として。だって普通、サラリーマンでも専門職でも、子どもが中学受験する親の年頃、即ち文字通りの「アラウンド・フォーティー」だと、先ず仕事が忙しくて、継続的に子どものお受験なんて面倒みてられませんよ。作家の三田氏や大学で教えている石原先生は例外中の例外。しかも後述しますが、「ノリノリで子どもと勉強しちゃう」ことが、いいことなのか、悪いことなのか・・・。

このコラムの中で次に和田氏が「世間をわかっていない」と思うのは、

早稲田とか慶応とか、大学までエスカレーターの中学に入れば大学受験しなくていいかというと、ぼくの答えはノーです。

という発言です。大体、早稲田や慶応には、先ず小学校の「お受験」があるのです、中学受験などメじゃないくらいの過酷な受験が。それを経て早稲田や慶応に入った子ども/親が、どうして大学でわざわざ他の大学を受験する気になるでしょうか?中学から早稲田や慶応に入る子ども/親も、
最終目標は早稲田大学や慶応大学を卒業させること、
なのです。その為の「幼稚舎受験」であり「早稲田実業小学校」受験であるのです。また早稲田や慶応の附属高校は、大学受験の代わりとなるカリキュラムを作って、生粋の早稲田生、慶応生、を作っているのです。和田氏はきっと自分の通ってきた道(灘中→灘高→東大)しか、理解出来ないのでしょうね。
また、

たとえ私立中に受からなくても、地元の公立中では受験しなかった子どもよりなるかに出来ます。この差は大きい。

精神科医として、受験評論家として信じられない発言。先ず「私立中に受からなくて地元の公立中」というシチュエーションがどれだけ当の子どもにとってシビアな状況であることがわかってないとしか思えません。15年くらい前までは、「開成中だけ/慶応普通部だけ、受験して不合格ならば区立中学に行って高校受験で頑張る」という子がいたそうですが、今はどうでしょうか?「2月1日に開成受けて、2日はまた別の私立中学、3日も別の中学、そして開成落ちてたら、更に4日も5日も受けて、1月に受けた『お試し校』も含めて一番マシ良いと思ったところに進学」というのが普通で、「公立中学校へ進学」は、「全落ち」の場合か、もしくは親の慧眼がない限りありえないと思いますが。12歳です。周りの同級生は「アイツ、私立へ行くってずっと塾通いしていたのに全落ちしてオレたちと一緒の公立かよ。」くらいは思うでしょう、思われて当然です。私立中学受験者は、6年の3学期が始まったら小学校を休んで塾で勉強する、それまでも学校行事には非協力的で、係活動はサボり、卒業制作も参加せずに塾通い、をしていたら、それは周囲の反感をかっても仕方ありません。塾に煽られて、学校をないがしろにして受験勉強させていた親が悪いのですが。中学受験して全落ち、もしくは合格した学校に行きたいところがなくて(そもそもそういう学校を受験することが問題なのですが)公立中学校に進んだ場合、周囲の友達だけでなく、本人がどういう気持になっているか、精神科医でなくても、想像できませんか?
・「勉強うぜえ!」「今まで遊びを我慢して勉強させられてきたんだから、遊ばせてくれ、ばばぁ!」
反抗的になる子ども
・勉強どころか、遊びも読書も手につかず、ぼ〜っとテレビを見ている、無気力になってしまった子ども
・「今度は高校受験で頑張る!」と、またしても塾が用意した「中学進学準備コース」みたいな講習に通い始めて健気に勉強しようとする子
実は一番最後のパターンが一番危ない感じもしますけど。小学校4年生から中学受験のための塾通いして、受験失敗してまた中学3年間塾通いですか?この子の人生何なのでしょう?塾通いのために生まれてきたのでしょうか?和田氏の

地元の公立中では受験しなかった子よりもはるかにできます。

というのは、子どもの気持を何も考えていない絵空事にしか思えませんね。


そして和田氏の視点に決定的に欠けているのは、
自分や自分の子どもだけでなく、日本の子ども全体にとって教育はどうあるべきか?
ということでしょう。皆が皆、灘高や「御三家」と呼ばれる私立の中高一貫校(正確には灘高は高校で生徒募集をしているので完全なる「一貫校」ではないと思いますが)から東大や医学部に行くのではないのです。自分のこと、自分の子どものことしか考えていませんよね。私立に行く必要がない子までが中学受験するようになってしまった昨今の実情の結果、虫食いのような生徒群を引き受ける公立中学やそこで教える先生のことなど、彼の頭の中にはないのでしょう。
そして和田氏は最後にこう締めくくっているのです。

中学受験で心配なのはむしろお母さんです。「受験命」とのめり込んで、受かったあと抜け殻みたいになってしまう。お母さん、自分の「五月病」には気をつけてください。

まっこと、大きなお世話ぜよ!!!
なのですが、私見と経験では、「抜け殻」や「五月病」どころか、パワーアップしてしまうお母さんの方が多い気がしますし、それはそれでコワいのですが。
父親、母親、息子、娘、と性で分けると、
①「父親と息子」、
②「母親と息子」、
③「父親と娘」、
④「母親と娘」
という組み合わせがありますが、精神科の医者でもないド素人の私が考えるに、②と③は「受験」に関して概ね問題ないと思うのですね、現状では。
②「母と息子」の場合ですが、一昔前でしたか、「冬彦さん」「マザコン男」という言葉が流行しましたが、最近は聞きません、何故でしょう?それは思うに、
ITとコンビニのお陰
だと思うのです。男の子の場合、小学校の時は、母親に何もかも管理されていても、中学生くらいになれば、家中の家電製品は勿論、携帯電話、パソコン、全てにおいて、機械音痴でパソコン音痴の母親を凌ぐ知識をすぐに身につけてしまいます。母親がガミガミ言っても、
携帯電話とパソコンさえあれば「心は自由!」
です。携帯の赤外線受信もメールのファイル添付もできない母親に憐れみさえ感じることでしょう。冬彦さんも、後10年遅く生まれていれば、木馬に乗って揺られなくても*4野際陽子の関知しないところで、二次元萌えにもなれラブプラスに熱中することも出来たでしょうに。また、母親は中学受験ならともかく、今の複雑な高校入試制度や大学入試制度にはちっともついていけません。本人と塾が主体的に高校以降は受験して行くわけです。そして、今や「家」に帰って「母親」の作るご飯を食べずとも、いつでもどこでもコンビニで空腹を満たすことは簡単なことです。高校生にもなれば、部活の帰りにファミレスで友達と勉強したりだべったりして「寝るだけ」のために家に帰る子もいます。「マザー」の威信も地位もがた落ちで劣化しています。冬彦さんの頃よりも寧ろ、母親からの精神的自立、は早いのではないでしょうか。
③の「父親と娘」の場合は、秒殺、でしょう。女の子の場合、中学校に入って、パパから勉強を教わるどころか、パパは娘の側にも寄らせてもらえなくなりますよ、昔どんなにモテたパパでも形無しです。なので、問題なし。
それに比べて①と④の同性同士の場合は、要注意だと思います、「受験」で親子関係を損ねたり歪めたりしないためには。昔、我が家も、私と夫がそれぞれ息子や娘の勉強を見ている時代がありました。その時、それまで見たことのない夫の一面を見たのですが、息子に予習シリーズの理科とかを教えている時に、妙にムキになるのですね、可笑しいくらい。出来なきゃすぐに怒るし、ちょっと息子が躓こうものならば丁寧すぎるくらい説明して挙げ句の果てに嫌がられる。また、「そこまでで十分」というのに、「もうちょっと。他にこういう別解があるぞ。」とかやりすぎるのですね。「お受験パパ」は息子には、一入思い入れがあるのでしょう、同性だから?でもそれはわかる気がします。私が娘に教える場合は、夫が息子に教える場合と、またちょっと違うのですが、今度は「同性」ということで遠慮がなくなり、ぽんぽん娘に言ってしまう。「これくらい出来て当然でしょ。」みたいな態度になってしまう。これは不思議ですね。息子の時にはそんな風にはならないのに。でも、ズルいかもしれませんが、母親と娘には、他に「連帯感」を抱く場面は沢山あるわけで、「勉強」や「受験」で母娘関係こじれても、一緒にお買い物したり、美味しいもの食べたり、という極めて低レベルのところで(それが大事!)関係修復できますが、果たして
「お受験パパ」と息子は、受験の後も正常な親子関係を築いていけるのでしょうか?
父親が、息子の塾の成績全て、問題集の進捗状況の全てを把握し、場合によってはグラフでパソコンに記録し、勉強を教えるだけでなく、受験校の過去問を研究して息子にアドバイスするなど、息子の受験全般にわたって、余す事なく統括している、というのは異常ではないでしょうか?それで中学受験に成功したらしたで、「お受験パパ」は「五月病」どころか更に張り切って、息子の中学校での成績にも介入するでしょう。いつ息子は「父親殺し」精神分析的な意味でですよ、念のため)をするのでしょうか?受験に失敗した場合は、再び父親である自分の監督の下、高校受験や大学受験で「リベンジ」させるのでしょうか?それって、息子の正常な成長を著しく阻害していませんか?

我が家には受験を控えた高三の娘がいますので、和田式の受験本は何冊か読ませて頂いています。偏執狂的とも言える、細かな分析と戦略です。「受験如き」にここまでの情熱を注ぐ人も珍しいかもしれません。しかし一方、ネットで散見されるのは、「和田式の通りにやるのは、優等生であってもかなり無理がある」という意見です。また「『数学は暗記』と言ったかと思うと『何事も根本的理解が欠かせない』と言ってみたり主張が首尾一貫していない」という見方もあります。
言うまでもなく、「受験」はそれが中学であっても高校・大学であっても、最終目的ではないわけで、

第一志望に受からなくても、(中略)そして6年後に東大に入り、リベンジすればいい。例えば東京なら開成の下位にいるより、第二志望だった海城の上位にいる方が東大に入れるでしょう。(中略)東大、東大って世間は騒ぎますが、あそこは毎年三千人入るんです。(中略)やり方さえ工夫すれば、努力さえすれば、手が届くはずです。

と和田氏は言うのですけれど、受験における「リベンジ」って何なのでしょう?そして「東大に合格すること」が「リベンジ」ということも、ずっと「リベンジ」の気持で青春の中高時代を過ごすことも、それを親が子どもに課すということも、どれもこれも和田氏の発想は何と寒々しいことでしょう。最後の「やり方さえ工夫すれば、努力さえすれば」というのは、子どもにとってどれだけ残酷なことか、想像できないのでしょう。子ども本人がどれだけ「やり方を工夫して、努力をしても」
結果が予測不可能、なのが受験
というものなのですけどね。