may_romaさんこと、谷本真由美氏著「キャリアポルノは人生の無駄だ」を読んで 雑感

キャリアポルノは人生の無駄だ (朝日新書)

キャリアポルノは人生の無駄だ (朝日新書)

私はKindleで読みました。

キャリアポルノは人生の無駄だ (朝日新書)

キャリアポルノは人生の無駄だ (朝日新書)


may_romaさんこと谷本真由美氏による、自己啓発書(=キャリアポルノ← 彼女の造語)についての本です。
これは、去年の11月26日に「Wirelesswire」というニュースサイトで谷本氏が書いたブログ記事を元にして書かれています。
当該の記事は以下ですが、実に8500以上の「いいね!」が押され、4200以上のリツイートを得ています。


キャリアポルノは人生の無駄だ


はっきり言って、「キャリアポルノは人生の無駄だ」ということを理解するだけならば、、圧倒的多数に支持されたこの強烈な記事を読めば十分で書籍化されたこの本を読む必要はない、です(営業妨害ではありませんよ)。
しかし、これだけでは物足りなかった部分、即ち以下のような更なる疑問にこの本は答えるものです。

なぜ日本だけ、自己啓発書がこんなにもてはやされているのでしょうか? そもそも自己啓発書とは何なのでしょうか? 自己啓発書とは本当に役に立つ「ビジネス書」や「自分をよりよくするための本」なのでしょうか? それとも何か別のものなのでしょうか?  また、自己啓発書がはやる理由は何なのでしょうか? 自己啓発書が今ほど書店の店頭を席巻していなかった頃であれば人前で開くことがはばかられるような題名の本が、いったいいつから書店の店頭や電車や新聞の広告を埋め尽くすようになってしまったのでしょうか? そしていったいどんな人々が、いったい何の目的で、こういう本を買っているのでしょうか?  (「まえがき」より)

この引用部分の7個の「?」に谷本氏は丁寧に答えています。
記事には書いてなくてこの本に書いてあることは、様々な統計的数字や、主にアメリカのキャリアポルノの実例(日本の自己啓発書も実名でバンバン出ていますが)やら、キャリアポルノがない欧州で働く人々がどんな感じなのか(谷本氏の経験による)、といったところでしょうか。
特に「日本のキャリアポルノのターゲット層は20〜30代の若者であるが、それは何故か?」ということが、谷本氏がブログ上でも度々言及している「働き方」と絡めて論じられています。前掲のブログ記事にインパクトを受け、更にこの問題を深く考えてみたい方は是非買って読むべき本だと思います(販売促進活動)。


また、私は常々谷本氏が書いている内容には共感を抱きつつ、あの独特の言葉遣い、はい、有り体に言えば偽悪的とも言える「お下品」なボキャブラリーにうんざりすることもあって、彼女の経歴を見ると堅実な家庭に育って立派なご両親を持ち、「キャリアポルノ」が書けるくらいのピカピカの学歴・職歴を持つ彼女が何故?と思っていたのですが、この本の第3章「私はどのようにしてmay_romaになったか」を読んで、得心しました。これも彼女のブログだけではわからないことなので、知りたい方は本を買うしかありませんね(更なる販売促進活動)。



さて、私自身はキャリアポルノのターゲット層である若者ではないので、自己啓発書というものは殆ど読まないのですが、「キャリアポルノ著者マニア」というのでしょうか、マスコミや出版界で俄に注目されて脚光を浴びる方の「経歴マニア」ではあります。「成功するノウハウ」よりも「経歴」の方が遥かに多くを語ってくれますから。
「成功する」人々は、本人が謙遜しようが何と言おうが、例外無く、強い意志、強い競争心、強い上昇志向、そして逆説的ですが何らかの強いコンプレックスを持っている方々です。谷本氏はそれら全てをひっくるめて「怨念」と言っていますが。成功するノウハウやらライフハック以前に、先ずこの「怨念」がない人はどれだけ自己啓発書(=キャリアポルノ)を読んだって、何の参考にもなりません。また、谷本氏も指摘していますが、成功した人々の多くは、人も羨む学歴(東大とかハーバードとか)や資格(弁護士とか医者とか会計士とか)を持ち、大企業で働いた経験がある方々です。つまり、彼らと同じレベルの「怨念」を持った上で、更に学歴や資格や職歴を持っていなければ、彼らのノウハウは実践できないではありませんか。勿論叩き上げだったり、学歴もイマイチ、資格も大企業での職歴もなくて成功した方々もいますが、彼らは「怨念」が半端なくて、経歴上のハンディを補って余りあるくらいの強いものであるのです(コワい・・・)。谷本氏もブログの方でこう言っています。

で、まあ何がいいたいかというと、ハーバードも戦略コンサルもガレージから操業してどう、も我々には関係ないんですよ。多分勤労人口の99.99999%には関係がない。
だって、店屋でテレビを売ったり、バーコード禿の部長が喜ぶプレゼン資料作ったり、ルート営業やって足が臭い上糖尿の客にコピー機売りさばいたり、苦情電話を2日おきにかけてくる老人相手にするのに、ハーバードも戦略なんとかも関係ないわけですよ。
ドラッガーがこういってるからこうだとか言ってもね、コピー機が売れなかったら部長に殴られるわけです。
何の後ろ盾もなく会社を興して数千人の組織に育てるって、常人じゃ無理なんですよ。遊びも何も犠牲にして働ける気力と体力、それに、「絶対に金が欲しい」「俺は組織をでかくしたい」という怨念がなきゃ無理なんですから。
そんな怨念じみた意欲がある人ってね、普通じゃないんですよ、普通じゃ。近所にいたら町内会の99.899%の人に「あいつおかしい」と言われているタイプです。


ということで、町内会に波風立てることなくつつが無く暮らす私にはキャリアポルノは何の参考にもならないのですが、では、経歴マニアは何のためかというと、勿論ミーハーな好奇心もありますが、経歴こそにその人の成功の鍵、そして経歴の中に前述の「怨念」を見つけることができるから、です。外資系コンサルやらハーバードやらMBAやら起業する人々(←定義がぐちゃぐちゃですが)は、既に大学に入学する以前に「怨念」というかある種の屈託を持っていて、それを抱えて大学に入っている人が意外に多いのです。大学に入った時点で既に十分に「怨念」が醸成されているからこそ、卒業後はロケット燃料を切り離すように、凡人とは比べ物にならない加速度で、20代を生きて、そして若くして「成功」し、キャリアポルノの格好の書き手になるのでしょう。普通に楽しく小学校、ちょっと受験してみて中学校、高校、人並みに受験勉強して大学入ってよかったね!というレベルでは、「怨念」なぞ形成されるはずもなく、その時点で、

私は私、あなたはあなた、成功者は成功者と自覚する(第五章)

と自覚しなくてはなりませんし、また親の立場にいるのならば、自分の子供に、仮に成功者と同じ学歴、資格をお尻叩いて身につけさせたところで、同じように成功するとは限らないことをよくよく自覚して、であるならば、どういう人生を子供に送ってほしいのか、どういう幸せを感じて生きてほしいのか、を考えることが、キャリアポルノの著者群の経歴から反面教師的に学べることだと思います。


この谷本氏の著書の中で、氏がイタリアやイギリスでの経験を語るのに多くの紙面を割いていることに、疑問を持つ方もいるかもしれませんが、キャリアポルノを眺めていて、それらが今の日本で繁盛しているのは何故なのか、人々、特に若い世代がキャリアポルノに惹き付けられるのは何故なのか、を考え始めると、そっち方面に思いが至ってしまうことに関しては、私はすごく理解ができます。
私は夫の駐在で、2004年から2007年までドイツに住んでいましたが、当時、ドイツの失業率は危機的な数字でした。今でこそ「欧州の優等生」「経済一人勝ち」と言われ、失業率が5%代半ばである今のドイツからは想像できませんが、当時は10%を猶に超えていました(2004年が10,52%、2005年が11,21%、2006年が10,19%)。同時期の日本の失業率が4%代でしたから、相当高い数字です。「ドイツ語全くわかりません状態」で渡独した私でも、かなり早い時期に「arbeitslos(失業中の)」という単語は覚えました。Arbeitslose(失業者)が労働人口の10%を超えているのがどんな感じかというと、午前中の公園にいい年した男性がベビーカーやバギーを押してたむろしていて、彼らはのんびりと子供を遊ばせたり、だべったりしているのです。「イクメン」なんてお洒落なものではありません、失業者なのです。カフェで何をするでもなく煙草ふかしながら無聊を囲っているかに見えたら、いきなり飛び出してきて道に落ちているビール瓶を拾い上げているおじさん。ドイツでは売られているビールは殆どが瓶ビールなのですが(ドイツ人は缶ビールは不味い上に環境に悪いと思い込んでいる)空き瓶をどこのお店でもいいから持って行くと、デポジットを払い戻してもらえるのでそれを狙っているのです。またビアホールの開店時間前から、むさ苦しいおじさんやおにいさんたちが列を作って並んでいます(日本ならばパチンコ屋でしょうか)。彼らは、店の中の椅子席だと高くつくので、店の外の立ち飲み席で日長時間を潰すのです。通勤時間帯にオフィス街を通る地下鉄に乗っても、スーツを着た男性は、日本に比べると驚くほど少ないのです(エグゼクティブはぴかぴかのメルセデスBMWを自分で運転して通勤するとか、日本と違ってホワイトカラー以外はスーツを着ないとか、もありますが)。
失業率だけ見ると、さぞ社会全体が閉塞感に包まれ、生活がお先真っ暗で楽しみも何もないんだろうと思うところですが、実際はそうでもないのでした。こんなに失業率が高い時期でも、夏が近づくと、これまたドイツ語最重要単語「Urlaub=ウアラウプ(休暇のこと)」に人々は出かけてしまいます。不景気であるのに休暇の長さが半端な日数ではありません、ドイツ人の「Urlaub平均取得日数」は28日!ですから。経済格差は、寧ろ日本よりも大きいと感じました、元々が階級社会ですからね。お金持ちは、イタリアやギリシャやスペインに出かけていくのでしょうが、お金がなくても、ドイツ国内でも至る所に自然が溢れているので、オペルフォルクスワーゲンのちょっと古い車に家族と犬と荷物を詰め込んで、無料のアウトバーンを走って、キャンプ場に出かけていくのです。それさえ出来なくて、休暇に出かけた人の代わりの仕事にありつくために町に残ったとしても、ライン河畔やらを散歩してついでに川に沿って立ち並ぶビアホールで、日没が遅いこの時期、老若男女ジョッキ傾けてがんがんビールを飲んだりしているのです、ドイツ人。
東洋から来た異邦人である私は、それを見て考えたことです、「第二次世界大戦後、同じく敗戦国として出発し、経済発展を遂げたところまでは、ドイツも日本も一緒なのに、どこが違うのか?」と。
一つは、谷本氏も指摘しているように、「働き方」の違いというものが要因だと思いますが、更にその「働き方」の違いの奥には、谷本氏がイギリスやイタリアで経験したような、「『成功する』ことだけを人生の目標にしてそれ以外のことは全てなおざり、ではなく、日々の生活を楽しむことを第一に考える」生き方、というものがあるのだと思いました。

ドイツでは皆が皆アビトゥア(フランスのバカロレアのような大学入学資格試験)を取って大学に行ってホワイトカラーになり「グローバル人材」になることなんか目指していないということです。専門学校に行って専門職に就いても、職人になってマイスターになっても、任天堂のゲームキャラクターのマリオとルイージみたいに青い「つなぎ」のズボン(オーバーオール)を履いた労働者になっても(ドイツでは、マリオやルイージそっくりの労働者のおじさんがたくさんいます)、ドイツ人として楽しく人生を暮らしていくベースのようなものは等しく味わえるという安心感があるので、キャリアポルノを読んで人生を変えたり、秒速で1億円稼いだりしようという気持ちにならないのではないか、と思われるのです。
ドイツは日本のように一極集中ではないので、そこそこの都市でも車を15分かそこら走らせた郊外には自然が残っていること、都市の町並みが美しいこと、住んでいて愛着が湧く住居があること、イタリアでは「バール」のようですがドイツだとそこで醸造しているビールを飲ませる店(勿論一日いつでも食事もできます)があること(マクドナルドや吉野家やスタバやファミレスやイオンのフードコートではなくて)、そしてそこでのサッカー観戦、普段の仕事が辛く味気ないものであっても一年に一回4週間の休暇で「命の洗濯」ができること、そういうベースがあることも、キャリアポルノがない理由なのではないかと。だから、谷本氏は、一見「キャリアポルノ」の話とは無縁に見える、イタリアやイギリスでの氏の経験を事細かに書いているのではないかと思いました。


「近所にいたら町内会の99.899%の人に『あいつおかしい』と言われているタイプ」(谷本氏曰く)の成功者が書いたキャリアポルノを何冊も読んで、「今の自分ではない自分」になろうとしている日本の若者たちの、不幸の原因はここ、つまり、
「日本人として楽しく人生を暮らしていくベースがない今の日本」
「成功者でないと人生を楽しむことはできないという、不安」
にあるのではないでしょうか?
市井のオバサンとして思うのは、今行き詰まっている社会問題の全てが、このキャリアポルノの問題と同じところに起因しているのではないか、ということです。それはまたじっくり考えてみたいところですが。
この「キャリアポルノは人生の無駄だ」という谷本氏の著書は、その入り口になるのかもしれません。



さて。
書店で「人文書や文芸書に比べてデザイン的にあり得ないレベルで下品」「とにかく目立つフォント、目立つ色で購入者の目をひくようなデザイン」「一般的に使われる色は赤、黄色など、どぎつい色が中心」「例えるならば、スーパーで売っているお得サイズの漂白剤や洗剤」(以上谷本氏の言からの引用)に似ている本と言えば、日本にはキャリアポルノ以外にもう一つ「美容・ダイエットポルノ」があります。
キャリアポルノ(自己啓発書)について谷本氏はこう言っています。

自己啓発書というのは、目に見えない部分での努力や行動、勉強をすっ飛ばして、読むだけで自分の手に届かないもの、例えばかわいい彼女、素敵な家、もっとやりがいのある仕事、高い給料、楽しい友達などを想像し、自分が求めている欲望を満たすだけの「娯楽」に過ぎないのです。

「美容・ダイエット本」の著書名を見ると、キャリアポルノと同様に、「人前で開くことがはばかられるような題名」(谷本氏)であることがわかります。


「お肌と人生が変わる奇跡のスキンケア」「1日3分巻くだけ絶対小顔コルセット」「バンド1本で小顔になれる」「1分で小顔になれる耳たぶ回し美顔術」「ゴボウ茶を飲むと20歳若返る」「日本茶カテキンダイエット 飲むだけで痩せる」「貼るだけダイエット」「寝るだけダイエット」・・・


「飲むだけで痩せたら、それは最早『毒』ではないか?」と私などは思いますが、どれもこれもが羞恥心があれば人前では読めない題名ですし、もうこれは美しくなるためのノウハウを超えた何か、というか、ほぼ「信仰」に近いような気がします。
キャリアポルノと同様、実際にその美容法なりダイエット法をあみ出して実践している著者は、「絶対に美しくなりたい」という「怨念」が町内会で変人扱いされるほど強くて、様々な失敗・挫折を繰り返した上でやっと理想の自分に辿り着いたのかもしれませんが、それと、本を買って読む読者とでは、先ず「怨念」に、そして努力をする力に雲泥の差があるのは自明のことです。そして勿論、著者の美容法・ダイエット法が万人に効果があるかと言ったら、「NO!」であることは、子供でもわかることです。なのに何故、この美容・ダイエットポルノも、日本の書店を席巻しているのでしょうか?何故「自分の容姿ではない自分の容姿」になりたい女性が多いのでしょうか?これの答も、キャリアポルノと同じようなところかもしれません。韓国の女性は普通に整形手術をすると言われていますし、アメリカ人の整形熱もこれまた有名ですが、日本女性にとってまだまだ美容整形は一部の人のものかもしれませんが、上に挙げた本の題名を見ていると、メンタリティは同じような気がします。キャリアポルノがよく読まれている国と一致するのは、面白いことです。面白いだけではなく、根っこの原因が同じなのだと思いますが。
ですから、キャリアポルノを何冊も読むビジネスマンは、美容・ダイエットポルノを次から次へと読んで試している女性を笑うことはできません。「秒速で一億円稼ぐ」ことを信じるのと「1分で小顔になれる」ことを信じるのと、どこが違うのか?
そして、その根っこの原因が、どこから手をつければいいかわからないほど絡み合った、今の日本の社会の不幸な仕組みにあるということにこそ、先ず目を向けるべきなのだという、may_romaさんこと谷本真由美氏の渾身の作が、この本なのです。




おまけ:
昨年、Kindle Paperwhiteが発売されてすぐに購入してから、Kindleで読める本はKindleで読んでいるのですが、
・小説など、前に読んだ部分を探して読みたい時、紙の本だと「真ん中あたりの右のページで読んだはず」と見当をつけてパラパラめくればよいのですが、Kindleだとそれができないのがとても不便(推理小説なんかは、絶対にKindleで読みたくありません)
ということはありますが、
・紙の本に比べて、ベッドで読書するのに便利
・何冊も入れられるので、途中で他の本が読みたくなった時に便利。勿論前に読んでいたページから読める。
・ベッドでスタンドの電気を消しても読める。
・フォントの大きさを変えられるので、「暗いところでは老眼気味」でもリーディンググラスなしで読める。
というのが、滅茶苦茶便利です。
更に、このエントリーを書くのにも重宝したのですが、途中でハイライト(指でなぞるだけでハイライトできる)した部分を、ウェブ上で一覧できることが素晴らしいです( kindle.amazon.com でサインインして、「Your Highlights」というところで見られます。)。これは感動します。そして、引用する時にコピペできるので、もう一度感動です。