東京大学「秋入学へ移行」は誰得?

昨日の新聞は日経も朝日も1面で、例の「東大、秋入学へ移行」のニュースの続報です。

日本経済新聞

秋入学 9割前向き  主要大、国際化に期待

東大、11大学と協議組織
 産業界とも連携「5年前後で移行」

朝日新聞

秋入学 11大学と連携調整
  東大、企業とも協議へ


・・・ご苦労様でございます。東京大学は今後法科大学院を含む大学院、高校、高等専門学校(学部編入の関係上)、中学、小学校、幼稚園等々とも協議をしなくてはならないことと思いますし、企業の採用だけでなく、国家試験等との擦り合わせ、そして「何月生まれで学年を区切るか」について未来のパパママへの周知も必要なわけで、この長い困難な道のゴールが本当に5年後にくるのか、そしてそのゴールのテープを切った時には、世界中から留学生が集まり東大からもじゃんじゃん世界の大学に留学していく理想的な東京大学の姿になっているかどうか、と思うと甚だ疑問ですが。


1月20日記者会見 総長発言概要で、濱田総長ご自身が述べていらっしゃいますが、

(※秋入学に移行すること)それだけで、海外に行く日 本人学生、海外から来る留学生が、爆発的に増えるとは考えていない。奨学金 や生活インフラの整備、カリキュラムの整備や社会的環境など、いろいろな条 件を整えていく必要がある。

まさにこの点ですね、私(如きが恐縮ですが)がこの「秋入学へ移行」について疑問を持つのは。


奨学金や生活インフラの整備、カリキュラムも整備」を、東大が最大限の努力をして達成して、それでも海外から留学生が来ない、東大生が海外に出て行かない、とするとその原因は「春入学」即ち海外と入学時期が違うから、しかないから「秋入学」に移行する、

というのなら理解できます。しかし、多大な手間、予算を使い、受験生や大学生を翻弄して「秋入学」に移行してそれから「奨学金や生活のインフラ、カリキュラムの整備」を行ってそれでも留学生が集まらなかったら、何のための「秋入学」?ということになりますまいか?

それと私は、大学当局が「何か大掛かりな変革を行って日本の教育を良くしたい」と考えるのならば、本末転倒というか、先ず日本国内の受験生のことを第一に考えてほしいですね。

こんな状況のニッポンの中で、今から大学に入って勉強しようという全ての受験生、そして今東大で勉強している学生を第一に考えて、彼らがこれからのニッポンにとって有為な人材になれるような入試、教育環境を第一に考えてほしいものです、それが満たされた上での、留学生受け入れであり、留学に送り出す環境なのではないでしょうか?

何故現状では海外からの留学生が東大に来ないか?

を考えてみると、

今年以降に限っていえば福島原発事故の影響、というものは確かにあると思います、←フツーの大学生とその親の感覚ではこう思いますが、大学当局は感じないのでしょうか?現に東京大学の柏キャンパスのあたりはホットスポットになっているらしいのですが、この放射能汚染の問題は「秋入学に移行」しようが、これから気が遠くなる年月の間続くのですから是非この事実(「放射能汚染が心配で東京大学を留学先に選びたくない」と考える人間も世界にはいるということ)から目を背けず現実として考慮すべきかと思いますよ、本当に世界から留学生を集めたいのならば。例えば、原子力が専門の教授に「東京は絶対に安全です」「直ちに健康被害はありません」とウェブページで英語で発信してもらうとか(←これは冗談抜きで必要でしょう)。

いえいえ、それより第一の問題は、東京大学で英語だけで学位がとれる学部・学科が殆どない」ということでしょう。

MSN産経ニュース

東大が英語のみで学ぶコースを設置 初のAO入試で秋入学
2011.7.22 23:34
 東京大は22日、平成24年度の入試から教養学部に、授業がすべて英語で行われ、日本語ができなくても学位が取れるコースを新設すると発表した。大学の国際化を進め、世界から優秀な学生を集める狙い。

 「国際日本研究」と「国際環境学」の2コース。対象は主に帰国子女や留学生で、募集は若干名。学力試験は課さず、英文書類に小論文、面接だけのアドミッション・オフィス(AO)入試を初導入した。入学は海外で主流の10月。

この記事の要点は、
1. 東大で初の学部で「授業が全て英語で行われ、日本語ができなくても学位が取れるコース」ができる(←今までなかったんです!)
2.学力試験は課さず、AO入試である(←国内の受験生には「一発勝負」の苛烈な入学試験を課しているのに!)
3.そして「入学は海外で主流の10月」である(←帰国生入試を受験する日本人学生には10月入学を認めず、学年が1年遅れる4月入学を課しているのに!)

2と3は、東大は日本人の学生よりも外国人学生を大事にするのかと淋しい気持ちになりますが、1については、「東大には今まで英語だけで学位が取れるコースがなかったのか!?」と驚きませんか?
そしてこれこそが、留学生が集まらない原因だとフツーは思いませんか、「秋入学でないから」ではなくて。
海外の学生の立場に立って考えてみれば、
東京大学の◯◯教授がやっている研究に興味があるから東京大学に留学して◯◯を学びたい」
と思っても、東大で行われている極めて高度な内容の(←これは確かでしょうが)講義が日本語のみで行われていたら、留学先としては選べませんよね、先ず。海外の学生とて、限りある学資、限りある時間の中で、効果が最大になるような留学をしたいと思っているはずで、東大で学びたいことがあるけれどそれには先ず日本語(修得が難しい言語の中の一つ)を修得しなければ、というのでは留学先の候補から先ず外されて当然です。英語で講義が行われていて英語だけで必要な単位が修得可能で学位が得られて初めて東京大学が留学先の候補になる、というものです。その努力を限界までやって、それでも留学生がこないから最後「秋入学に移行」というのならば理解できます、今国会で行われている増税論議と一緒ですよね、国会議員が身を削って定数削減し行政の無駄をとことん省く努力をした上での「国民への増税のお願い」であるべきだと多くの国民が考えているのと同様です。今「海外から留学生が来ない」という東京大学は、今の体制で留学生を呼び込む努力をぎりぎりまでしていると言えるのかどうか?現状では単に「東大に留学しても英語だけで学位がとれないから」留学生に人気がないのではないでしょうかね?

実は、東京大学よりも、慶応大学、京都大学早稲田大学等々の大学の方がこの「英語で必要な単位が修得できる」カリキュラムの整備ではずっと先を行っているのですけどね。
慶応大学 http://www.ogi.keio.ac.jp/english/internationalization/courses_in_english.html
早稲田大学 http://www.cie-waseda.jp/admission/detail/detail.php?nid=1084
京都大学 http://www.opir.kyoto-u.ac.jp/kuprofile/
これを見ると、「英語で講義が行われるプログラムがどれだけ整備されているか」という点で、東京大学は大きく遅れていることがわかります、それは実は東京大学が一番よくわかっていることなのかもしれません。これらの大学は「春入学」と「秋入学」とを併存して柔軟に地に足がついた国際化を進めていて、「入学時期が海外と違うから、留学生が集まらない」とは考えてはいないようですが。
そして「英語で行われる講義、英語だけで修得できる単位」を増やすためには、日本人であれ外国人であれ「英語で教えられる教員」を大幅に増やすことが必要です。これが出来て初めて海外からの留学生を受け入れることが可能になるという、先ず「最初の一歩」ですね。「高度な内容を英語で講義できる」日本人研究者の数は限られるでしょうから、外国人研究者を増やすことになるのでしようが、そこで問題になるのは、他大学でもそれは等しく難しいことだとは思いますが(それは即ち、社会問題にもなっている日本人ポスドクの数少ないポストを更に奪うことになるので)、象牙の塔東京大学で日本人研究者のポストを最低4分の1でもいいから外国人研究者に明け渡すことが出来るのかどうか。「秋入学へ移行」よりも、こっちの方が困難を極めるのではないかと想像してしまいます。
文科省が出している資料(留学生の就職支援と大学における外国人教員の受入れ )にもありますが、東京大学の国際的ランクが低い原因はいくつかありますが、「外国人教員比率」の低さがダントツでランキングの足を引っ張っているのです。これを変えない限り東大の世界的ランキングが上がることは絶望的ですが、実は「秋入学へ移行」なんかより、「外国人研究者の比率を上げる」方が数倍も数十倍も実現が困難なのではないでしょうかね。


ここまでは「留学生を受け入れる」視点から考えてみましたが、逆に「秋入学に移行」すれば海外に出て行く東大生は増えるのでしょうか?


「日本の学生が留学したがらない、内向きである」ことに関しても、大学当局と現状とはギャップがあるように思います。いつの時代も「留学したい」という学生は或る一定数は存在するのですが、何故そのうち実際に留学する生徒がそう多くはないのか?これは東大に限らないことですが、

・ズバリ、費用の問題があります、留学はお金がかかり奨学金も少ないのです。大学が協定を結んでいる海外の大学との取り決めで、日本での在籍大学に授業料を払えば留学先の授業料は免除、という数少ない非常に恵まれた留学はありますが、枠が少ない上に勿論生活費、渡航費は別にかかります。奨学金制度も数が限られますし、私立大学などでは、海外の有名大学に留学する学生を対象に大学独自の奨学金を出しているところもありますが、これの恩恵を受ける学生はごく一部です。

・費用の問題とは別に、例えば東大生が留学しようと思う時、きっと「どこの大学でもよいから留学したい」「留学先の大学が東大に比べてレベルが下がっても留学できればよい」とは全く考えないと思われ、やはり名門大学を目指すと思われるのですが、これまた当然のことですが、名門大学であればあるほどそこで行われる高度な内容の講義を理解するだけの語学力(大抵は英語)を要求してきます。その英語の壁、例えばTOEFL iBT100点を東大生は越えられないから留学できない、TOEICじゃ駄目なんです!)というのが大きいのではないでしょうか?

・東大独特の進振り制度もあり、1、2年生の間は留学どころではなく、晴れて3年生になっても12月から就職活動ですから、「留学なんてしている暇はない」というのが実態なのではないでしょうか?加えて東大生ならば、卒業してから勤め先の官公庁や企業からの留学の方が合理的である、即ち、費用はかからないし、確実に元のポストに戻ってこれて、箔もつきますから大学時代の留学より余程現実的で、何が何でも学部時代に留学、ということにはならないことも、学生の関心が海外に向かない理由ではないでしょうかね?



と考えを巡らしていくと、現状の「春入学」を基本として様々な努力をして海外からの留学生を迎える体制を作っている大学が一方でありながら、それに学ぶことなく現状の問題点を解決することなく、それなのに多大な手間と予算をかけて「秋入学」にしなければならないのは誰得?なのでしょうね。
確かなのは、今の日本の教育の歪み(塾や予備校が教育を裏で仕切っていること)や、先進国とはとても言えない国が行う共通試験であるセンター試験の仕組みや、世の中のスピードに教育システムがついて行っていないこと、等々は、全く東京大学の関心外らしい、ということです。


受験生の皆様には、大学当局の訳わからない思惑に翻弄されることなく日々営々と青春と勉強に励んで頂きたいものです、「東大(もしくは他の大学でも同じ)で勉強したい!!!」という気持ちだけを大事にして。4月入学だろうが10月入学だろうがそんなつまらないことに左右される気持ちではないはずですから・・・と言ってみたくなる国立大学二次出願も近い今日この頃。