猛暑の夏とネットスーパーと、そしてGoogle様


この夏はご存知とてもとても暑かったので、ネットスーパー様には大変お世話になりました。
今一度ここに厚く御礼申し上げます、我が家がこの夏を生き延びることが出来たのもネットスーパーあったらばこそ!でした。
「ネットスーパー」だからして当然ぽちっ!で注文してお買い物するのです。「スーパー」ですから、食品だけでなく生活雑貨、例えばティッシュやトイレットペーパー、洗剤、台所用品、そうそうお酒やお米だって買えちゃうのです。ネット通販大好きな私は、「配送料」にはちょっとシビアなのですが(配送料払うのが嫌で、アマゾンのプライム会員になってここで集中して買うことにしているし)、生活雑貨を組み合わせると、すぐに「配送料無料」のハードル(3,000円だったり、5,000円だったり)を超えてしまうので、心のハードル(if any)も軽々超えてしうことになります。たまさか、お買い物金額がそのハードルを超えない場合でも(私は無駄なものは買わない主義)、「電車(バス)賃or 駐車料金と思えば安いもの!」(実は徒歩圏にスーパーはいくつもある)、「この暑い中、スーパーに行ったら、冷たいものの一つも買って飲んでしまうに違いない。スタバに入ってしまうかもしれない。それを思えば、配送料払うのも同じこと!いや、こっちの方が安い!」(屁理屈ならお任せください!)と、結局はネットスーパー依存。真夜中に注文できるのは勿論、配達時間とかも指定できるので、なるべく家族のいない時間、別にネットスーパーでのお買い物は何ら疾しい訳ではありませんが、夫や夏休み中の娘がいない時間を配達時間に指定して配達してもらう私の夏でした。(といっても、朝空っぽだった冷蔵庫にいきなり「牛乳5本」「ビール1ダース」とかが並ぶのでバレバレですけど)。そして他のネットショッピングと同様、注文確認メールとかが登録アドレスである私のGoogleMailのアドレスに届くのです。
さて。
ここからが本題です。
季節は秋になりましたが、
私のGoogleMail の画面に出てくる広告は、

「ゴミ屋敷問題解決(女性の方でも安心してお電話ください。秘密厳守)」
とか、
「家事代行サービス(お電話一本でどんな家事でもあなたの代わりにやります。ご家族には秘密にします)」
とか、
「弁当配達(ネットで注文、お気軽にどうぞ)」
とか、
「宅配DVDレンタル(韓流ドラマ・映画揃ってます)」

等々の広告で埋め尽くされており、複雑な気持です。


Googleは、私のことをどのような人間と思い定めてそのような広告を散りばめてくるのでしょうか?
もしかして、Google様は私のことを、


「引き蘢ってネットばかりやっているオンナ」
「家事もやらないので、家の中は散らかり放題で手もつけられなくなっている」
「料理もしないに違いない」
「欲求不満を韓流スターを見ることで発散しているおばさん」



と思っていらっしゃるのでは?と思わずにはいられません。
実際の私はそのような者では決してありません、声を大にして言っておきますが。「引き蘢ってネット」ということだけは、「当たらずとも遠からじ」ですが、整理整頓好きで自分の目に見える空間はキレイじゃないと気が済まない質であり、毎日何を夕食に作るかということに命賭けてるくらい料理好きであり、申し訳ありませんが韓流スターには全く関心がない、というオバサンの中では珍種!ですから、Google閣下が下されている(ように見える)「私という人間」のイメージが「広告」という形で示されるのを見る度に、「違う違う違う!私は無実だ!」と叫びたくなってしまうのです。
私という人間について、検察が描いた構図、ではなく、Google様がお持ちになっているであろう間違ったイメージを正し、無罪放免にして頂くにはどうしたらいいのでしょうか?
Google様は以下のようなシステムで、私という人間をご判断なさっているようです。
Gmailの広告と関連ページ】より

Gmail の広告はメールの内容に関連しています。Google では、Gmail ユーザーの役に立つ、各ユーザーの関心に関連した広告が表示されるように努めています。Gmail の広告ターゲット設定は完全に自動化されており、広告や関連情報のターゲットを絞り込む際に、メールの内容を人間がチェックすることはありません。

とのことなんですが、「メールの内容に関連」というのは、あけすけに言ってしまえば、「メールの中身を知られている」ということですよね、それが人間によってではなく機械によって、ということではあるのですが。この夏に読んだ数少ない本のうちの一冊が、「グーグル秘録 完全なる破壊」

グーグル秘録

グーグル秘録

だったのですが、それによるとこの行為は「ユーザーのニーズを予測するため」ということになるのでしょうが、はっきり言ってその域をを遥かに超えているし、第一私に関しては間違ったニーズだし!(←ここ強調)
問題は、いえ、キョーフを感ずべきことは、勿論世界中の膨大な個人データがGoogle様お一人に集中して握られてしまっていることと同時に、例えデータが正しくても実際には私の場合の「ゴミ屋敷問題の解決」という広告のように間違ったニーズ(ムキになってすみません)を正す術が個人にはない、ということなのかもしれません。

そしてこの本は、単に「Google」という一企業の誕生から世界企業になるまでのルポ、という今までにありがちな企業モノのノンフィクションというだけでなく、今現在も進行中の「世の中の仕組みに対する概念を根底から覆してきた」歴史(1998年創業なので極めて短いのだけれど)を、後追いで理解させられる本でした。1998年ってついこの間ですけれども、気付かないうちに、世の中はすっかり変わっていたのだと今更ながら思い知らされました(私は浦島太郎ではありませんがね)。
例えば気がつけば私は一日に何回、「ググって」いることか!
テレビで知らない芸能人がでてくれば「ググリ」、否、気になるアナウンサーを「ググって」経歴を調べるのは常のことだし、英語の文法があやふやで思い出せない時、梅干しの作り方、意味があやふやな諺、クリニックの診療時間、定期の金額、バスの時刻表、・・・・・何でもGoogle様のお世話になっています、

無料で!

これだけの情報を無料で貰うのが当然、という頭にいつの間にかなっている訳です、私も、世間の皆様も。Google様はそれらの情報を「検索」という形で、結果的には無料で提供しているのです。Googleはその大半を広告料で稼いでいる会社である、ということを、この本を読んで改めて思い出しました(そういうことも日頃は微塵も考えもせずにお世話になっているわけで)。今年の1月、Googleは中国から検索事業を撤退しましたが、営利を追求する企業である限り、いつまで「中国」という市場を無視していられるのか疑問です。何と言っても、公称13億人、実態は+数億人、の人口を抱える国ですから、これを前にして指をくわえて「武士は食わねど」を貫ける営利企業ってあるのでしょうか。

そして「Don't be evil.」という社是がいつまで続くのでしょうかね。
そもそも個人のGmailの内容を「人間ではない」何かが「自動的に」検索して(だから「プライバシーの侵害にはならない」というのがGoogleの主張なのですが)、そうやって頼んでもいない広告(例えば「ゴミ屋敷問題解決」の広告とか!)のターゲットをこの私に絞り込むことが、「evil」ではないのですかね?

それと。
多くの方々が、ネット上で語っているけれども、8月の半ば以降、突然Gmailの画面上に出てくるようになったこの一文に始まる、何やら脅迫めいたメッセージ。

明日 Google アカウントにアクセスできなくなったらどうしますか?Google アカウントにアクセスできなくなるということは、 友だちにメールを送ることも、オンラインで作成した写真や文書にアクセスすることも、 アカウントに保存されている情報にアクセスすることもできないということです。 アカウント内の重要な情報をなくすことのないよう、今すぐ再設定オプションを追加してください。 アカウント再設定オプションの利点についてはこちらをご覧ください。


これって、「脅迫めいた」ではなく、「脅迫そのもの」ですよ、私にとっては!
これを「何かのいたずら」と解している呑気なユーザーの方も散見されますが、決していたずらなどではなく、Wikipediaによりますと、

2010年8月中旬以降、GoogleGoogleアカウントのログイン維持に関して、携帯電話番号をユーザーに要求し、これに応じないユーザーのGoogleに関する全てのアカウントへのログインを停止させた上で、そのユーザーのGoogleアドセンスの広告枠に、Googleが一方的に広告を流し続けるという事件が発生。現在も進行中。ネット上の告発によると、被害にあっているユーザーや企業が複数出ているようだが、主要新聞社がGoogleアドセンスを利用していることもあってか報道が全く行われておらず、事態が表面化しない状態が続いている。
現在も、ユーザー個人の携帯番号をGoogleアカウントに提供しない限り、Googleアドセンス管理画面に入れない状態が続いている。また、管理画面に入れないアカウント無効化の状態の上で、Googleより一方的にアドセンスの広告配信が続いている。
尚、この問題は広告主側のサービスであるGoogleアドワーズにおいても発生しており、携帯番号をGoogleアカウントに提供しない限り、Googleアドワーズ管理画面に入れない状態が続いている。このため、広告配信のキャンセル措置がWeb上から行えない状態で、Googleにより、一方的にアドワーズの広告配信をさせられる状況に陥っている。
「明日 Googleにアクセスできなくなったらどうしますか?」問題

だそうです。
気軽に検索を繰り返し、便利だからとGmailを使い、家族の予定を把握するためにGoogleCalenderを使っている私は、前述の本に出てくるインタビューの言葉によると、

我々は検索をするたびに、グーグルに何かを与えている。我々が検索結果を選ぶたびに、グーグルは何かを学習している。一つ一つの検索が、グーグルのデータベースの価値を高めているのだ。(中略)政策的見地から言えば、人間生活のあるゆる面を網羅するこうしたデータは、危険性が高いかもしれない。データベースではプライバシーや企業間競争、商取引やコンテンツへのアクセスといったおものを全て支配するのだ。

ということですから、少なくとも過去7~8年近くGoogleの画面をスタートページにしていた私は、自ら進んでGoogleさまにデータベースを提供してきたということになるのです。検索もGmailも「無料」ではあるけれど、「データ」という目に見えないものを対価としてしっかり払っていたわけですよ。そして驚くべきことは、知らないうちに(といっても10年かそこらで)個人としてもうこのシステム、Google様が君臨するシステムを離れて生きられない以上(少なくとも私は)、この感覚に慣れていくしかない、という他の選択肢のない状況ですね。

涼しくなって、ネットスーパーも最近はとんとご無沙汰で、ちゃんと(?)アルスーパーでお買い物しています。「猛暑の夏」だったから、私はGoogle様に無用のデータベース(例えば、「ゴミ屋敷問題を解決」という広告がフィットする人間、とか。←相当根に持っていますね、私)を提供することになったのだと思うと、今年は秋の訪れにも複雑な思いが去来する今日この頃。