超がっかり!! 小室淑恵氏著「子育てがプラスを産む『逆転』仕事術 産休・復帰・両立、すべてが不安なあなたへ」を読んで

私は、Kindleで読みました。


子育てが終わろうとしている世代の私がこの本を手に取ったのは、これから社会に出て行く息子と娘が、どういう生き方をしていくべきなのか、親として参考にしたかったからです。
けれども、この本を読み進めるに従って、何やら寒々しいというか、モノクロの気持ちになってきて、最後まで読んでそっとページを閉じました。
とても、「参考になる」ものではなく、いささか絶望的な気持ちにさえなりました。




著者小室淑恵氏は、国会でのプレゼンや、TEDでの活躍、NHKの夜遅い時間のニュース番組でのコメンテーターやらで、よく知られていると思いますが、「才色兼備」という言葉は、この方のためにあるような女性です。
日本女子大卒業後、資生堂に入社。6年後の2006年に退社と同時に起業(株式会社「ワーク・ライフバランス」)。
この会社は創業以来「営業の電話」をしたことが一度もないそうです、つまり黙っていてもお客の方から問い合わせがあって仕事を受注し続けているのです、そのクライアントの数900社!見事に時流に乗ったビジネス展開をしています。
プライベートでは、経産省の官僚と結婚し、男の子二人の母親、という、「才色兼備」にどんな言葉を重ねたら、小室淑恵氏を表すのに相応しいのかわからないほどのマルチでスーパーな方です。
また、プレゼンの映像や、テレビでのコメントからにじみ出てくるのは、小室氏の人柄の素晴らしさです。
美人でありながら飾らないキャラ、それでいて言葉遣いや仕草には品格があります。
よどみなく滑らかに落ち着いた声で自説を説く彼女を見て、「この人とお友達になりたい」「この人みたいになりたい」と女性ならば思うでしょうし、男性なら尚更好感を抱かずにはいられない、小室氏の佇まいです。
まあ、私もそういった彼女の雰囲気に乗せられて、この本を買って読んでみようと思ったわけですが、彼女のビジュアルや人柄を抜きにして、字面だけで虚心坦懐に内容を読むと、いやいやどうして、絶望の書ではないかと思いました。


一言で言うと、小室氏が提唱するライフスタイルは、何もかも兼ね備えた、器用で万能な一部のごく限られた人のみに可能なもの、なのです。
コンサルタントである彼女が打ち出すものは、
1) 女子力に依存した単なる小手先のライフハックであり、一方
2) 企業側に都合がよい提案ばかりであり、更には
3) 少子化や女性の活躍の根本的解決にはなっていない、ものではないかと思います。

1) 女子力に依存した単なる小手先のライフハックではないのか?

小室氏がこの本の中で書いている、ワーク・ライフバランスの実践ですが、そのためには先ず、女性自身がつわりの時期から、全方位的に気配り気遣い根回しが要求されるタスクを色々とこなさねばならないようです。
例えば、妊娠を職場に伝えるにしても、

一般的には、自分の妊娠の様子を職場のスケジュールに書き込んだり、メールで送ったりすることにためらいを感じることが多いと思います。そんなときは、あなたの味方になってくれる人を作りましょう。どちらかと言うと、「世話焼き」タイプで、情報発信力の強い人がいいでしょう。ランチに誘って、現在の体調のこと、産休に入る時期や育休後の復帰予定時期などについて話しておきます。


と小室氏は提案しているのですが、この「世話焼き」で「情報発信力が強い人」ってもしかしていわゆるお局様のことでしょうか?お局様から職場の人に向かって、自分の体調や産前産後のスケジュールの情報発信をしてもらうって、リスクが高すぎるとしか思えません。
また、小室氏はこうも言っています。

未婚の女性社員には、戦略的に対応しておいたほうがいいかもしれません。(中略)ランチにでも誘って、「知ってる?妊娠すると、何故かフライドポテトが食べたくなるんだよ」「妊娠してから毎日のようにトマトを食べ続けているの」など妊娠中の面白いエピソードを話し、妊娠・出産を身近に感じてもらいましょう。


「妊娠したらフライドポテトが食べたくなる」というエピソードに感激したり、それで妊娠・出産を身近に感じてくれる、初々しい未婚の女性社員がいるかどうかは別にして、何が「戦略的」なのか、私にはさっぱりわかりません。しかも、未婚の「女性」社員ではなく、未婚の「男性」社員に対しては、「戦略」は必要ないのでしょうか?結局は、職場の女性の人間関係の中で上手く立ち回ることに帰される、ということなんでしょうか?

事程左様に、妊娠・出産して復職しようと考えている女性に、個人的な気配りや気遣いや根回しを(過度に)要求するのが、小室氏流なのでは?と思ってしまいます。

ちなみに、私が以前勤めていた会社の先輩は、休職中に自分宛てに届いた郵便物がきちんと転送されるよう、滞在先の住所を書き、十分な料金の切手を貼った大きな封筒を休業期間の月数分、用意していました。


↑ これなんか、その典型ですが、産休・育休をとる女性はここまで涙ぐましい気配りしないといけないんでしょうか?
郵便物の転送くらい、会社が会社の経費と人手でやるべきことなんじゃないのでしょうか?
しかも、重要なのは、気配り気遣い根回しをする能力と、本来の仕事を遂行する能力は別、という視点が抜けています。

また、育休中に職場の上司へメールすることに関しても、小室氏流だと細かい気配りが必要なようです。
先ずは「上司がせっかくの近況報告を転送」しやすいように、

転送しやすいのは、子どもの写真を添付した近況。職場の様子を気遣いつつ、仕事の復帰に関して前向きな様子がわかる文面です。定期的に写真が転送されると誰でも、成長を見守る気持ちになれるものです。ただ、単なる子どもの自慢に思われないように、ぴかぴかにかわいい写真よりは、不思議なポーズで寝ている写真や、口のまわりにいっぱいにご飯をくっつけているおちゃめな写真など、少しコミカルな写真を選びましょう。


だそうなんですよ!!!
職場には、秘かに不妊治療をしている女性社員とか、女性本人でなくとも、妻や姉妹や娘が不妊治療をしている男性社員がいるかもしれない、という気配りは全くないようですが。
で、無神経に(いや、戦略的?)子どもの写真を出すなら出すで、ストレートに一番可愛いと思う写真を出せばいいじゃありませんか。それが、わざと作為的に、「少しコミカルな写真」を選ぶですって???
そこまでの捩じれた気配りがないと、マトモに復職できないのですか?
この部分を読んで、私はのけぞってしまい、小室氏に対する評価ががた落ちした瞬間でもありました。
思えば、小室氏が国会でプレゼンした時の映像を見て、嫌な予感はしていたんですよね。プレゼン資料の最初の自己紹介のところに、小室氏のご長男(当時5歳とのこと)の写真を載せ、居並ぶ議員を前に、「あまりにも可愛い写真で驚かれたかと思います」とジョーク(なのか?)を言っているのを見て、「この人、大丈夫?」と思ったのですが、こういう「外した」ところが小室氏の魅力なのだと無理に納得したのですが、それは間違いだったようです・・・。この国会の場で、息子の写真をプレゼン資料に入れる、というのも「戦略」なのでしょうかね。


常軌を逸しているとしか思えない小室氏流アドバイスとして、育休から職場復帰する直前のアドバイスがあります。
小室氏は、職場復帰前に「できれば職場を2回訪ねましょう。」と言います、まあそこまでは良いとして。

1回目は、復帰予定の2ヶ月前、部会などで全員が揃っている日のランチの時間に子連れで職場を訪ねます。あえて母親っぽいカジュアルな服を着て、ビジュアル的にも「私、母親になったんですよ」という印象を持ってもらいつつ、子どもの顔を見せておきます。(中略)このときは、内勤の人だけでなく外出から戻って来た人や出張して2~3日後に出社してきた人もちゃんと手にとれるくらい、多めにお菓子を用意するといいでしょう。


私が、2回目にのけぞったのは、この上の箇所を読んだ時です、「多めにお菓子を用意するといいでしょう」って、いやしくもコンサルタントの言葉でしょうか?小学生のお楽しみ会じゃないんですよ。目眩がしてしまいます。言うまでもなく、「多めにお菓子を用意する」能力と、仕事の能力及び意欲とは、何の関係もありませんよね。
しかも、怒りを感じるのは、この1度目の職場訪問には、敢えて「子連れで」行くわけですよね。片道一時間かかろうが、暑かろうが寒かろうが、子どもの体調がイマイチであろうが、都心のオフィスにベビーカー押して行くわけです、「私、母親になったんです」という印象を植え付け、復帰後周囲が、「子どもがいることを忘れて悪気なく残業を頼んでしまう」のを予防するために、子どもを使うっていうことです。
子どもは、職場復帰後上手く物事を進めるための、プレゼンの道具なんでしょうか?
わざと「母親っぽいカジュアルな服」を着て?
私はこういう戦略的な方というのか、作為的な方とは、お友達にはなりたくありませんね。
こういう方は、2回目の職場訪問はこうするそうですよ ↓

2回目は、復帰するまで1ヶ月を切った部会の日に。今度はあらかじめ美容室に行っておき、当日は子どもを預けてビシッとスーツでキメて、明日にでも復帰できるという雰囲気で会社に向かいましょう。


何から何まで、「戦略的」で気配り気遣い根回しに満ちた行動をとることが、小室氏流では求められるのです。


公平に言っておきますが、小室氏は、産休・育休で職場を不在にする女性が、担当している仕事を「見える化」したり、メールでのコミュニケーションの取り方を定型化したり、引き継ぎを工夫することに関しても、有意義な提案を幾つもしています(多分に、気配り気遣い根回しに溢れたものですが)。

区別しなくてはならないのは、妊娠・出産して職場復帰を望む女性の働き方に関するものなのか、それともそれとは関係のない単なる「職場の効率化」としてのものなのか?ということです。

小室氏ご本人もしばしば言及されていますが、休職からの復帰という選択をする社員は、妊娠・出産の場合だけでなく、今は介護という問題もありますし、メンタルな病で職場を離れなくてはならない社員、またインフルエンザや感染症で職場に出勤できない社員もいるでしょう。
小室氏が提案する様々な業務効率化は、それら全てに関係してくるものです。
そう考えると、妊娠・出産して職場復帰を望む女性のみが、個人的な気配りや気遣いの産物として提案、実行するものではなく、部署全体、会社全体で行うべきものではないのか、と素朴に疑問に思います。
女子力が試される気配り気遣い根回しなどは、むしろ極力排したものでないといけません。
寧ろ、そういう女子力高い気配りや気遣い根回しに欠ける女性でも、妊娠・出産して職場復帰できるような環境を作ることが、求められているのではないでしょうか。
おっさん、失礼、中高年男性社員が介護で休職する場合であっても、メンタルな病気で休職する場合であっても、同じようにスムーズに職場復帰できる環境を作らなくてはならないんですよ。
小室氏は、介護やメンタルな病気で休職・復帰する男性社員にも、同様のライフハックを勧めるのでしょうか?
介護で休職する社員が、上司へのメールに、老いた親の「口のまわりにいっぱいにご飯をくっつけているおちゃめな写真」を添付するとか?
メンタルな病気で休職していた社員が、復帰2ヶ月前にはフリーターのようなカジュアルな格好で職場を訪問し(持って行くお菓子は多めにね)、復帰1ヶ月前にはビシッとスーツで職場訪問し、「もう私はいつでも働けますよ」とアピールするようにとか?
彼らにそういうライフハックを提案しないのと同様に、妊娠・出産して職場に復帰したいと望んでいる女子社員にも、つまらない不毛なライフハックを勧めてはいけません。
様々な事情で一時的に職場を離れる社員、その事情が妊娠や育児であっても介護であっても自身の病であっても、彼ら社員が、復帰したい時に、スムーズに復帰できるシステムを提案してこその、ワーク・ライフバランスのコンサルタントを名乗れるのではないか、と思います。


そして、「ライフハック」にも達していないアドバイスも、小室氏はしています。

母子手帳を貰うと同時に、夫と『保活』スタート」


小室氏が勧めるこれ ↑ なども、コンサルタントになっていない一例です。
これって、従来の、産休に入ってからの保活と比べて、一種のフライングですよね。
フライングを勧めることは、コンサルタントではありません。
色々なシーンで、「抜け駆け」というか、この「フライング」で自分だけ有利に何かを手に入れる方法をとりがちな、「女子力高い」方っていますよね。でも、これってフェアな行いなんでしょうか?
しかも小室氏のこの著作を読んで、皆がこれを真似して同じようにフライングをするようになったら、つまり、都内に住む妊婦が全員「母子手帳を貰うと同時に、夫と『保活』スタート」し始めたら、フライングによるメリットは全くなくなるわけで、結局は元の木阿弥なのではないでしょうか?
加えて、ここで小室氏が言っていることに再び仰天してしまうのですが、

(役所で)説明を聞いた後は、「おかげさまで貴重な情報が聞けて本当に助かりました。どうもありがとうございました」と感謝の気持ちを必ず伝えてください。役所の人は面と向かって感謝される経験はあまりないので、良い関係を築くためにも大切なことです。

「『どうもありがとうございました』と感謝の気持ちを必ず伝えてください。」というご挨拶の指導です!
相手は幼稚園児じゃないんですよね、大人の女性、社会人の女性なんですよね?ご挨拶の指導まで必要なんでしょうか?

3回くらい訪ねるとこちらを覚えてくれて、次に訪ねた時には「新しい書類ができたわよ」と声をかけてくれるようになります。

読者に対するご挨拶の指導よりも気になるのは、役所に対する視線です。
小室氏は、役所の窓口の職員が「ありがとうございました」の一言で窓口に来た人に対して厚遇するとみくびっているのでしょうか、それとも役所を馬鹿にしているのでしょうか。言うまでもなく、役所の職員は、窓口に来た人がどんな人であっても差別することなく対応するというのが常識でしょうし、実際昨今窓口でキレている人にも側で見ている方が頭が下がる程丁寧な対応を役所の職員の方はしていると思いますけどね。このライフハックを真に受けた読者が役所の窓口に出向いた時、「ありがとうございました」と言ったから特別待遇を受けられると勘違いしないことを願います。

寧ろ、小室氏が、気配り気遣い根回しに溢れた色々なライフハックを提示することによって、「それをして当たり前」という流れになることを危惧します。
気配り気遣い根回しができない人、例えば職場復帰前の訪問にお菓子の手土産がない人は「多めのお菓子を用意」した人よりも厳しい状況におかれるのか?
それはおかしな話(←洒落ではありません)よね?


前述したように、休職中上司に送るメールに、上司以外の同僚にも転送されることを見越して、子どもの「コミカルな写真」を戦略的に添付することを勧める小室氏ですが、その写真を見て辛い思いをする人もいることには思いが至らないのかもしれませんが、それと同様に、小室氏の提言というかライフハックは、全ての能力・条件が兼ね備わった人でないと実際に行動に移せないのではないかと思います、勿論小室氏は、全ての能力・条件が兼ね備わったスーパーな女性であるのですが。だからこそ、小室氏ほど、気配りの能力や体力や環境に恵まれていない女性に対する配慮に欠けるというか、そういう女性にとってこの本は「取り扱い注意」、であると思います。


例えば、つわりが酷い人は、産休前にしておいた方がよいこととして小室氏が勧めるタスクを殆どできないかもしれません。お局様や未婚の女性社員と無理してランチしても中座してトイレに駆け込んで吐いてしまったり、業務も引き継ぎがやっと、とても「仕事の見える化」「朝メール・夜メール」「休職中の郵便物を送ってもらいやすいように『十分な料金の切手』を貼って住所を書いた封筒を何枚も用意」したりできないまま、産休に突入してしまった人は、小室氏のこの本を読んで、「これもできなかった」「あれもできなかった」と、逆にしなくてもいい後悔や自信喪失に陥らないでしょうか?


産後もそうです。イギリスの故ダイアナ妃やキャサリン妃のように、出産して24時間後にはメークして髪の毛もセットして素敵なワンピース姿で赤ちゃんを抱っこして退院する方もいれば、産後なかなか自分の体調も戻らず、赤ちゃんのお世話や家事をするのも大変な方もいます。
「里帰り出産」をせず、また敢えて両方の実家とは距離をおいて、夫を頼りにして産後の育児・家事をこなし、はたまた育休中にスキルのブラッシュアップをするために、通信講座を受講したり子連れ留学をしたり、というのは、様々な条件に恵まれた人しかできないことです。
先ず自分自身が、産後の体力の回復が早く、親の助けを借りなくても育児・家事ができる能力があり、夫が育休をとってくれるのは当たり前で尚かつ夫の家事能力も高く、そして何より、子どももトラブルなく健康に生まれ育っている、という、実は稀に見る恵まれた条件の中でしか実現しないプランを小室氏は勧めます。


つわりが酷かったり、産後なかなか体力が回復しない女性、
夫が育休を取りづらい職種、職業で育児・家事分担を期待できない女性、
子どもが低体重で生まれたり、生後すぐに何かトラブルが見つかったり、アレルギーがあったり特別なケアが子どもに必要な女性、

そういう場合でも、本人に職場復帰の強い意志があれば復帰できるシステム、こそが、今求められているわけで、万能のスーパーウーマンが、気配り気遣い根回ししまくってやっと職場復帰ができるようなアイディアを並べても、意味がありません。
本当の意味で、働き続けたい女性を応援するのならば、「里帰り出産」も実家との連携プレーもとても有効な選択肢の一つとして提示するべきではないかと思います。確かに、双方の実家を頼らず、夫と二人で育児・家事をこなすことは理想です、ご立派です。しかし、自分と夫とそれぞれ色々な状況にあって、どうしても二人では回らない場合、実家に頼ることが「負け」のようになるのは、如何なものでしょうか。自分の人生の美学(実家に頼らず、夫と自分で全てこなす)を優先するあまり、余裕がなくなったり小室氏流には動いてくれない夫を責めることになったり、そして何より子ども(子どもも千差万別です)にとって何が一番よいのか?を考慮することさえ憚られてしまうような、一種独善的な小室氏の主張に、疑問を感じます。



2) 企業側に都合がよい提案ばかり、ではないのか?

クライアントの数が900社、という小室氏の会社ですが、実際、昨今の「女性が輝く社会」のご時世も相俟って小室氏に講演を依頼しても何ヶ月も待たなくてはならないそうです。
某金融機関に勤める愚弟が申しますには、今年になってから彼は管理職として一日に最低10回は「ダイバーシティ」という言葉を使っているそうです。それほど企業は現政権におもねるのに必死ということですが、また管理職の研修として小室氏の講演も聞いたそうなのですが、今社を挙げて、「役員・管理職に上げられそうな女性社員」を血眼になって探しているのだそうです。ところが、これから役員になる年次の女性社員というと、総合職一期生から五期生あたりなのですが、そもそもとっくに会社を辞めてしまっている、管理職でさえそもそも人数不足。それは、妊娠・出産しても働き続ける女性社員を会社が育ててこなかったから、に尽きるのですが、今から種を撒き、出た芽を育て、花を咲かせる、という発想は現在の経営陣には希薄で、取締役は、外部から女性が入ってもらって社外取締役で数合わせ、女性管理職はかろうじて辞めずに残っている総合職の女性社員(殆どが、未婚か既婚でも子どもはいない)を片っ端から管理職にして数合わせ、という方法しかない、という状況は、どこの企業も似たり寄ったりかもしれません。

そんな中で、小室氏の主張は企業にはとても受け容れやすいものです。

男性社会のおじさんマインドに凝り固まっている男性管理職社員側を教育しなくても、産休・育休をとって職場復帰する女性社員側がちゃんと自ら様々な気配り気遣い根回しを駆使して、職場に波風と混乱を起こすことなく行動してくれるというのですから。
企業がちゃんとしたシステムを作らずとも、妊娠・出産で休職する女性自らが、様々な気配り気遣い根回しで、彼女が抜ける職場のダメージを最小限に押さえてくれるというのですから。
管理する側が、そういう気配り気遣い根回しをする女性と、しない女性とを差別化することも可能でしょう、但し、何度も言いますが、小手先の女子力溢れたライフハックを駆使する能力と、仕事そのものを遂行する能力とは別物です。
また、

会社からの早期復帰要請には応えたいという意志を示す。

ことを、小室氏は「逆転の常識」で提言しています。会社は今まで、育児休暇という働く者に与えられた権利を尊重し、休暇の間の復帰要請は出しにくいものであったのに、小室氏はその箍を外してくれているわけです。
会社側の都合で早期復帰を打診したとしても、それを肯定的に捉えてくれて、都合良く復帰してくれるかもしれませんね。
また育休期間が終わりに近づいても認可保育園が決まらない場合、会社側からはさすがに、「じゃ、認可保育園にこだわらずに認可外とかベビーシッターとかに子ども預けて復帰してよ。」などとは、絶対に言えないところですが、小室氏は同じく「逆転の常識」で、

預け先の選択肢を広げ、予定通りの復帰を目指す。

認可保育園がベストとは限らない。0歳児なら小規模保育も視野に。


と、勧めています。会社に代わって、言いにくいことを言ってくれているのです。
同様に、

現職復帰にこだわるより、新しい働き方を模索する

という、これまた小室氏が「逆転の常識」で提言しているように、育休中の女性社員を配置転換してもそれを企業側に都合良く「気持ちを切り替えて前向きに」考えてくれて文句を言わずに会社側の意に沿って働いてくれる女性社員には、数年後に遠隔地への転勤の辞令を出しても、自らが気配り気遣い根回しをして家族を残してでも赴任してくれるかもしれません。
育休中の配置転換について抗議の一つもしないことが、会社の思惑に唯々諾々と従うことが、「逆転の常識」なんでしょうか。
おまけに育休の間にも、

産休・育休をスキルのブラッシュアップ期間に据える。

と、スキルアップや資格の取得や子連れ留学を勧め、「企業に求められる人材になる」ことを目指すべきだと、まるで小室氏は企業の代弁者であるかのように言います。
何より、ワーク・ライフバランスの名のもと、定時退社・残業なし、しかも業務は今まで通り、を全社員が目指してくれるとは、会社にとってこれほど有り難いことがあるでしょうか?
残業代削減、という手をつけにくい経営課題を、美しく解決してくれる小室氏の主張は、コンサルタント料を払っても余りある有り難いものであるはずです。


一方、自らの体調の回復や夫の仕事の状況やら子どもの様子を睨みながら、働く者の権利として取得できる期間いっぱい育児休暇を取ろうと考えている女性社員は、「早期復帰要請」に応じられない時、どういう立場になるでしょうか?
子どもを預けるのなら様々な条件を考慮して「この認可保育園!」と決めていた女性社員は、園を選んだ条件のどこを妥協すべきなのでしょうか?
当然の権利として取得しているはずの育児休暇に後ろめたい気持ちを抱いたり、会社の意に沿って早期復帰をする同僚に引け目を感じたりはしないでしょうか?
自分や子どもの体調には個人差があるのは当たり前なのにそれを責め、小室氏が推奨する「2度の育児休暇」を取れない夫を責め、小室氏が勧める「あなたの実家や会社から近すぎる場所には住まない」を実践したがために負担増になってそれを捌けない自分を責め、ということにはならないでしょうか?
勿論、会社はそんなこと、知ったこっちゃありません。
この「会社は、一人一人の社員の人生の選択、家族の在り方なんて知ったこっちゃない」ということを、冷静に理解しておかなくてはならないと思うのです。
当然のことですが、会社は、「ワーク・ライフバランスに配慮した会社」「女性が輝ける会社」という世間的評価が欲しいだけであり、それが残業代削減というおまけ付きなら笑いが止まらず、そして経営に最適化した人材を選別するのみ、です。
そんな会社のために自分と家族のライフスタイルを、どこまで譲り渡すのか?
会社の都合のために、自分と家族の生活をどこまで妥協させるのか?
それを冷静に認識する方向に持っていくのが、社員の立場に立ったコンサルタントだと思うのですが、小室氏の色々な提言は、「ワーク・ライフバランス」という看板故に一見働く女性側にあるように見えますが、実は会社側の視点ではないか?と感じられるのです。



3) 少子化や女性の活躍の根本的解決にはなっていないのではないか?

専業主婦を妻に持つ愚弟が、にわか「ダイバーシティ」信者になって、管理職に登用できる部下の女性をかき集めることに腐心していることは前述しましたが、少子化対策と女性活躍の根本的解決には、そんな小手先の数合わせではなく、あらゆる面での「ダイバーシティ」が欠かせないと思うのです。
小室氏の主張に沿うとして、子ども一人を産むにあたって夫は2回の育休をとるべきであるのなら、子ども二人の場合は4回になります。
人口を維持するには、全ての女性がざっくり2人出産しなくてはならないのですが、生涯未婚率が高まり、既婚でも子どもを持たない女性がいることを考慮すると、産む人は3人以上生まないと少子化は止められません。そこで小室氏流を実践すると、夫は6回育休をとることになります。
私は「夫は外で仕事をするべきだ」などというバイアスは全く持っていませんが、現実に企業社会の中で男性社員が「6回育休をとる」ということが一切評価には影響しない、とは思えません、900社のクライアントを持つ小室氏には、是非この点(「6回育休をとっても評価を下げない」)を企業に働きかけていただきたいものですが・・・。
評価云々以前に、企業において非現実的な前提ではないかと思います。
また女性が子どもを2人以上生み育てることに意欲満々でも、夫の職種が「育休4回」(子ども2人の場合)が無理なケースも多々あるでしょう。
小室氏流を実践して共働きの夫婦が、妻は職場に気を遣いまくって、夫は育休をやっと2回とって、夫婦2人だけで子育てしてそれで一人しか子どもを生まない・育てない、つまり一人っ子家族を作るだけなら、少子化は止まらないんですよ。
つまり、この本にある小室氏流のワーク・ライフバランスは、少子化の解消には寄与しないのです。
夫か妻の実家と近居もしくは同居して、2人、3人、4人と働きならが子どもを生み育てる夫婦、どちらかが専業主婦/夫を選択して(期間限定でも)夫婦だけで2人、3人、4人と育てる夫婦、がいないと、人口は減る一方です。
その一方で、男性、女性に関係なく、スタートアップで起業して20代30代、結婚もせず子どもも持たずにがむしゃらに働く人がいてもいいではありませんか。
今、とかく「結婚もして子どももいて仕事でも輝いている」女性ばかりが注目されていますが、幕の内弁当みたいに全部揃っていないといけないんでしょうか?
独身で素晴らしい仕事をしている女性は「輝いている」と言ってはいけないのでしょうか?
出産・子育てよりも仕事を選択する女性も認めるのが、真の「ダイバーシティ」ではないのでしょうか。
(ついでに、結婚しない男性についてもそうです)





私が小室氏のこの本を読んでいて、違和感があるのは、まあ上に挙げたような点です。


そして、小室氏のモデル通りのワーク・ライフバランスを実践するには、素晴らしい超人のような夫が必要不可欠です。
その夫は、妊娠がわかった直後平日の昼間に一緒に役所に出向いて保育園の問い合わせをしてくれなければなりませんし、里帰り出産しない妻のために「産後すぐ」「妻の復帰直後」に2回の育休をとってくれ、妻が搾乳しておいたおっぱいで夜中の授乳は引き受け、離乳食作りや毎日の朝食作りは勿論こなしてくれる夫であり、「家事」を公平にポイント制にしても、「そんな幼稚なポイント制なんてやってられっか!」などとは言わずに素直に妻と同じだけ家事の負担をしてくれる夫でなくてはなりません。
あっ、何より大事なのは、夫の職業が、定時で帰りやすい、男性が育休をとっても表立ってはダメージにならない会社、職場のものであることです。医者や研究者や起業したばかりの実業家は夫としては小室氏のワーク・ライフバランスに向かないでしょうし、企業であっても、IT企業や金融なら、先ず無理でしょう。

生まれてくる子どもも、ここまで母親が、「戦略的に」ワーク・ライフバランスを考えているのですから、人一倍よく熱を出す子ども、すぐにお腹がゆるくなる子ども、アトピーの子ども、人見知りが激しい子どもは、母親の戦略の足を引っ張ってしまうことでしょう。


全部の条件が整わない人にとっては、この本は「絶望の書」です。

ウチの2人の子どもたち自身が小室氏流を実践するためのこれら全ての条件を満たし、彼らの人生の伴侶もこれまた全ての条件を満たし、な〜んてことは先ずありえませんが、仮にそんな奇跡が起こったとしても、それで送る人生が常に気配り気遣い根回しを必要とし(←ウチの子どもたちは先ずこれが無理!)、常に何かに追い立てられているようなものだとしたら(←これも不器用な彼らには無理!)、それは幸せと言えるのか?


現政権の政策らしきもの(本当に「政策」なのか?)、企業側の論理には、極めて都合のよい小室氏の論の建て付けです。
これから出産・育児を迎える女性が、これは単に労務管理コンサルタントの宣伝本(多分に企業寄りの)であることを理解してほしいものです。
これに惑わされて自分と伴侶と子どもの本当の幸せを見据える目が曇ることがないように、自分の人生を自分と家族のために生きるという、当たり前のことを忘れることがないようにと、願います。