「特定秘密保護法案」が強行採決される直前に  小田嶋隆氏のコラムを読んで 雑感


今日にも強行採決されそうな見通しの、「特定秘密保護法案」について、小田嶋隆先生がコラムを書いていらっしゃいました。


うんざりするほど当たり前のこと:日経ビジネスオンライン


小田嶋氏はこうおっしゃいます。

タイミングのことを言うのなら、5カ月前の段階で既に手遅れだったと思う。さらに言えば、当件に関して、手遅れでないタイミングは、そもそも存在していなかったのかもしれない。自民党にフリーハンドを与えた以上、この日の来ることは既定路線だった。

この「5ヶ月前の段階で既に手遅れ」というのは、7月に行われた参議院選挙で自民党が大勝して、衆参の「ねじれ」が解消し、与党がどんな法案であれ、国会を通すことができるようになった(しかもそれは「違法ではない」←by 小田嶋氏)、ことを指しているのだと思います。
私は、この「手遅れ」という視点について、違和感を抱いてしまいます。
5ヶ月前の参院選、そして丁度1年前の衆院選で、自民党が勝利したからこそ、現状があるのです(私は自民党には投票していませんが)。
「手遅れ」という言い方は、その選挙で自民党に投票して自民党を政権与党に復帰させた、大多数の国民のことをどう考えていらっしゃるのか?
「日本を取り戻す!」と滑舌悪く叫んでいらした現安倍首相に、多くの国民は日本の未来を託したのですから。
ですから、昨年暮れの衆院選の大勝も、今年の7月の参院選の大勝も、紛うかたなき「民意」なわけで、それを「手遅れ」と呼ぶのは如何なものか?と思うわけです。
それは、両方の選挙で、「自民党に投票したか否か」とは別のものであり、かく言う私も自民党以外の政党に投票はしたのですが、例え自分の思いとは異なっても、結果は結果で国民の一人として受け容れるべきものだと思います、だから「手遅れ」などという言葉は使えません。

先般来、国会の周辺でこの法案に反対するデモをなさっている方々、またこの法案に反対する声明を発していらっしゃる各界を代表する著名人の方々、全員が全員、衆院選参院選自民党以外の政党に投票したとは思えないのです。
「テロ」と「デモ」の区別がつかない与党幹事長の宿舎近くで毎日のようにデモを永田町でなさっている方々は、都民、もしくは東京の近郊県にお住まいなのだと思います。しかし、昨年の衆院選では、東京都小選挙区25区のうち、22区で自民党候補者が当選、埼玉では15区のうち13区で、千葉は13区のうち11区で、神奈川では18区のうち15区で、自民党候補者が当選する、という大勝利を東京都及び近郊県の「国民」が与えているのですが、この時に自民党に投票しなかった、ごく少数の方々ばかりが今「特定秘密保護法案」反対デモに参加している、というわけではないでしょう。自民党に投票したけれども、デモに参加している方も大勢いると思います。
参院選も然り。参院選では、自民党丸川珠代氏や武見敬三氏、「自民党に歯止めをかける」とおっしゃっていた公明党山口那津男氏(←彼らは、「特定秘密保護法案」の強行採決で賛成するに決まっています、丸川氏お得意の野次も聞かれるかもしれません)に投票した都民が大多数だったのですから、参院選自民党に投票したけれども、今「特定秘密保護法案」に反対のデモをしている方々は多いのではないでしょうか。

選挙の時点では、或る政党に投票したけれども、それはその政党への全権委任ではないのです。
国民が選択し、投票した議員、政権が、民意を逸脱する方向へ行こうとしている時、国民には何ができるのか、だと思います。
ですから、「手遅れ」という捉え方は、全くそぐわないのではないでしょうか。



折しも、

TPP=環太平洋パートナーシップ協定の関税を巡る交渉で、政府は、関税を撤廃する品目の割合を92%程度まで引き上げ、参加各国に提示していたことが分かりました。(中略)92%程度という今回の提案は、農産物5項目以外のすべての品目の関税を撤廃した場合の93.5%に迫る水準で、日本としては国内事情に配慮しながらも各国の要求に応えた結果と言えます。NHK NewsWeb

経済産業省は5日、政府の中長期的なエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の素案を固めた。民主党政権東日本大震災後に掲げた「原発ゼロ」政策を転換、原発を「重要電源」と位置づけ、原発活用を明記する。原発の新増設や建て替えについても、将来的に含みを持たせる内容とする。Yahoo!ニュース

というニュースが。
上の2点に関しても、早々にデモが行われるのではないかと思われますが、小田嶋氏が言う通り、自民党政権がこれらを推進することは、「違法ではない」わけで、「日本の主張が聞き入れられなかったら、交渉の途中でもTPPを脱退する」*1と言っていたではないか、と今どこにぶつければよいのかわかりませんし、「民主党政権下で行われた原発に関する『パブリック・コメント』で集まった総数8万9千件の意見のうち9割が『原発ゼロ』であったのは何だったのだ?」と拳を振り上げる先もないわけです。


1年前の衆院選の時、「アベノミクスの三本の矢で景気を回復させる」「日本をもう一度経済大国に」という主張に大多数の国民が乗ったこと自体は、間違っていたとは思いません。それは2012年暮の「民意」だったから、です。15年以上続くデフレと不景気で閉塞感が頂点に達していましたし、昨夏の尖閣竹島の問題で、国民の感情がナショナリズムに傾いていたタイミングでもありました。
その中で、自民党を選択したことは「民意」でした、そこまでは。
そして、小田嶋氏のコラムのコメント欄に、「自民党衆議院で多数を占めていることがわかっている上で、参院選自民党に投票し、自民党にフリーハンドを与えたのだから、今になって文句を言うのは筋違いである」という指摘がありましたが、選挙で投票したからと言って、全てをフリーハンドで任せたことになるとは、私には思えません。
また、「選挙で自民党に投票したのだから、今回の法案について反対するのはおかしい」、とも思いません。
何故なら、それを裏返せば、「反対できるのは、自民党に投票しなかった人だけ」ということになるではありませんか。

そう考えていくと、何がおかしいのか?と言えば、答は簡単なこと、
自民党は政権を執ってから、民意を逸脱していること
に尽きるのではないでしょうか。
昨年の衆院選自民党の公約(誰が名付けたのか「Jファイル」というカッコいい名前が付いています)を読み返してみると、大方の日本人なら敢えて反対はしないようなことが書かれています。っていうか、巧みに「公約違反」にならないような文言が並んでいます。

国家安全保障会議の設置  外交と安全保障に関する官邸の司令塔機能を強化するため、「国家安全保障会議」を内閣に設置します。国家の情報収集・分析能力の強化及び情報保全に関する法整備による体制の強化を図り、的確な情報を活用して国民の安全を守ります。


ということがその「Jファイル」には書いてありますが、「国家の情報収集・分析能力の強化及び情報保全に関する法整備」というのが、今回の「特定秘密保護法案」なんですかね?
TPPだって、最後の砦の「農産物5項目」が辛うじて守られている限り(←これなら民主党でも守れたかも)、厳密には「聖域なき関税撤廃」ではないわけですし。

これは、「Jファイル」の裏の裏まで読み込めなかった国民の責任なのでしょうか?

または、マスコミの選挙時の報道のせいなのでしょうか?
小田嶋氏は、参院選挙前に「ねじれ解消」と煽っていたマスコミに対しても大いに不信感を抱いていらっしゃるようですが、それは同時に「マスコミに踊らされて、衆参で自民党に多数を与えた国民が馬鹿だ」ということにはならないでしょうか。
そこまで、日本の国民は馬鹿なのでしょうか、愚かなのでしょうか。
マスコミの存在感と影響力が今そこまであるのか?ということには、私は疑問を持ちます。

結局のところ、マスコミのせいなどではなく、自民党が国民を舐めていることが全ての大元だとしか思えません。
「いやいや、所詮国会議員は、選挙によって選ばれるのだから、次の選挙での『落選』が一番恐いはず。少なくとも選挙区の民意をないがしろにするはずがない」ですって?
そうなんです、本来ならば、デモなんかするよりも、それぞれの選挙区の自民党議員の事務所に電凸して、「『国家秘密保護法案』に賛成票を投ずるならば、支持をやめる」と言いまくったら、一番効果があると思われるのですが(アメリカやイギリスでは実際そのようです)、自民党の多くの議員にはそれが通じないでしょう、何故か?
世襲議員が多いから。
世襲議員を支える地元の組織は、若様が都で「絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」とブログに暴言を吐こうがお構いなく、次の選挙でも(総理の座も近づいてきていますし)変わりなく支持するに決まっているのですから、組織票を握る有力者からの電凸でもない限り、痛くも痒くもないことでしょう。
2009年の政権交代民主党に与党の座を奪われた当時は、自民党内でも世襲に対して批判が起こったらしいですが、現内閣や党の要職にいる人物の面子を見る限り、それは大敗して下野した一時的ショックでしかなかったようです。
世襲であっても、本人が適格ならばよいのでは?」という意見の方も、今回のように、与党が衆参両院で多数を占め、国政選挙が向こう数年行われない状況で、国民に残された数少ない選択肢としての、「議員への直接の訴え」すらも効果がないということは、よいことだと思われますか?
父親や祖父が国会議員であっても別に国会議員になってもいいのです、別の選挙区からなら。
父親や祖父とは縁がない全く新しい土地を歩いて回って、一から人間関係を作り、一から支持者を作っていくのならば。そして当選した後も、選挙区の人々の声に耳を傾けることを怠ったならば、即座に次の選挙で落選する、という緊張感がある、全く別の選挙区ならば。
実際には、世襲議員は、もう何度もバージョンアップされて強化・完成した組織、集金システムの上に乗っかって、そして周囲は、「先代は総理になれなかったから、若様には是非総理の座に!」か、「先代と同様、是非総理大臣に!」ということが至上命題となっているんですから、若様がどの法案に賛成しようが、どんな暴言を吐こうが、少々の電凸にもびくともしないでしょう。
「選挙の心配がない」世襲議員は、だからして民意には鈍感ですし、民意に基づいて政治を行う必然はありません。
また、他の職業を経て強い問題意識を持って政治家になったわけでもなく、温室育ち・既定路線の上を歩いて来たささやかな人生経験だけを元に政治家になっているのですから、政治は「自己実現」の場(「父親や祖父よりビッグになる」など)ではないかとさえ、思えてきます。
自民党の議員の多くに、そして中枢に、世襲議員がいるということが、今回のように国民に抗議の選択肢が限られている時、議員に国民一人一人の声が届かない原因になっている気がしてなりません。
自分たちが選んだ議員、政権が、自分たちの民意から逸脱しそうな時、本来ならば議員に直接抗議をする術があるはずで、それはかなり有効であるはずなのが、まるで効果がない世襲議員たち。その中の最たる人物たちの宿舎近くでデモを行う、というのは、無力感に襲われながらも、それしか方法がないから、だと私は思うのです。

とにかく、結論としてあらかじめ言っておきたいのは、今回のこの法案は、われわれがうんざりし続けてきたことの結果として私たちの前に立ちはだかっているということだ。
 無力感は人を無力にする。実にもってロジカルな話だ。そして、このことのもたらす無力感は、ますます私たちを無力にする。私は、いま、心の底からうんざりしている。


小田嶋氏のこの言葉ですが、これだけは全く今の私の心境と同じです。
けれども、政治は流れているのですから、「手遅れ」という小田嶋氏の言葉には私は違和感がありますし、そもそも「手遅れ」という考えは、刻々と状況が変わり、次々と新しいイッシューが現れ、それに対する選択を迫られる今の政治に対してはナンセンスだと思うのです。
自分も含めた国民が過去に選択したことに関して、ああすればよかったこうすればよかった、というのは詮無い事です。
国民はその時にベストだと思うことを選択しただけ。
そして国民から選ばれたはずの自民党が、過去の失敗にも懲りずに、国民を舐めているだけ。
国民を舐めることができるのは、自民党世襲体質があるから。
世襲体質に「うんざり」する国民が増えると、また政権も政治も変わるかもしれません。



国民にできることは、「次」に選択する時にはどういう行動をとるか、です。
「景気を良くする」という勇ましい掛け声に乗って、他のことに目をつぶるのか。
稚拙な政権運営にうんざりしながらも、「ナショナリズムに突き進むよりマシ」と思うのか。
「何でも反対」する集団に加わって、心おきなく「何でも反対」を叫んで鬱憤を晴らすのか。


次は「うんざり」してしまう結果にならないように、次は「無力感」にうちひしがれる選択にならないように。

*1:衆院選の自民党の公約では、「『聖域なき関税撤廃』を前提とする限り、TPP交渉参加に反対します。』と書かれています。